2019年文藝春秋

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 ドナルド・キーンは今年の2月24日に亡くなった。享年96歳。まさに昭和と平成をまるまる生きた。
 18歳の時に読んだ『源氏物語』(アーサー・ウェイリー訳)に感動して日本文学・日本研究を志し、毎年のように来日。一年の半分をニューヨーク、残りを日本で過ごした。川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫、安部公房ら名だたる文豪と交流を結び、古典現代を問わず日本文学を海外に翻訳・紹介した。サイデン・ステッカー(1921- 2007)とともに日本文学にとって恩人と言っていい存在である。能や文楽や歌舞伎など古典芸能にも詳しかった。ソルティは大学1年のとき、キーンの半生記である『The Blue-Eyed Tarokaja (青い目の太郎冠者)』を英語のテキストとして読んだ記憶がある。

 キーンはまた大変なオペラゴアー(goer)でもあった。
 おそらく、同時代の日本のどんな音楽評論家も、どんな指揮者や演奏家も、どんなクラシックマニアも敵わないくらい本場の生オペラを観ている。本書の巻末には 1961年から2018年までのキーンのオペラ鑑賞記録が掲載されているが、350本近くある。一シーズン6本くらい観ていることになる!
 しかも、同時代の日本人がどう頑張っても敵わないのは、海外への渡航が難しかった時代に、世界のあちこちの劇場で伝説的名歌手による伝説的名演に接している点である。
 たとえば、キルステン・フラグスタートとラウリッツ・メルヒオールによる『トリスタンとイゾルデ』とか、マリア・カラスの『ノルマ』、『トスカ』、『椿姫』、『ランメルモールのルチア』とか、エツィオ・ピンツィアの『ドン・ジョヴァンニ』とか、エリーザベト・シュヴァルツコップフの『ばらの騎士』(元帥夫人)とか・・・。戦後黄金時代のオペラを肌で知っているのだ。
 本書には、キーン少年とオペラとの出会いから始まって、豊富なオペラ体験にまつわる愉快なエピソードや有名オペラの作品論、好きな歌手たちへのオマージュ、とくにアリア・カラスの思い出などが綴られている。

 キーンは、2011年に日本国籍を取得し、日本永住を表明。その後、浄瑠璃三味線の奏者である上原誠己を養子にとって一緒に暮らしていた。本書「あとがきに代えて」では、キーン誠己が父キーンから受けたオペラ教育の模様が描かれている。 

父の教え方の基本は、日本文学を教えるときと同様、知識を詰め込むのではなく、作品のもつ面白さ、楽しさ、美しさを自分自身が作品の中にはいり込んで伝える、ということだと思う。それはまさに「情熱」という一語に置き換えられる。


 オペラ好きなら読まないという選択肢はない。



評価:★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損