1958年松竹
カラー98分
深沢七郎による同名小説の最初の映画化である。今村昌平監督・坂本スミ子主演による2度目(1983年版)のほうは、カンヌ国際映画祭にてパルムドールを受賞した。
なにより驚くのはオールセット撮影!
屋内はともかく屋外もセットなのだ。庭も畑も道も、村の広場も、崖も川も森も、雪景色も遠景も、全部セットである。
『楢山節考』くらいセットとそぐわない題材はまずないだけに、木下の強烈な意図をそこに感じる。一昔前の日本の寒村の自然や厳しい風土、稲作文化、村社会、家督制度、祭りや因習や掟、迷信や伝承、夜這いや若衆宿、貧困と飢え、間引きと姥捨て・・・こういった日本的土俗こそが『楢山節考』のエッセンスなので、普通ならばここぞとばかりにロケハンが組まれることであろう。今村監督の『楢山節考』は、まさにそのエッセンスを漏らさず映像化したような作品であった。
木下監督は、『カルメン、故郷に帰る』や『二十四の瞳』を持ち出すまでもなく野外ロケの名手である。同じ深沢七郎原作の『笛吹川』や開拓期の北海道を舞台にした『死闘の伝説』に見るように、大自然を背景にした人間の格闘を描く技量も持っている。『楢山節考』を野外ロケで撮れなかったはずがあるまい。(日本的土俗は漬物が嫌いだったという木下の性に合わなかったとは思うが・・・)
また、肝心のセットにしても、とても写実的とは言えず、ハリウッド映画の『オズの魔法使い』を思わせる人工的・寓意的な作りである。
もう一つの驚きは、歌舞伎の様式を取り入れた演出になっている点である。
オープニングは、「とざい、と~ざい、このところご覧にいれまするは・・・」という黒子の口上で始まり、拍子木の音とともに定式幕が開く。長唄や浄瑠璃がところどころ挿入される。きわめて演劇的、というかメタフィクション作風なのである。
これはもう確信犯である。
木下監督は、『楢山節考』から日本的土俗を剥ぎ取って、特定の土地、特定の文化に限定されない普遍的物語に仕立て上げようとしたのである。
で、木下が普遍的テーマとして中心に据えたのは、言うまでもない、母と息子の愛である。
70歳を超えた母親を村の掟ゆえに楢山に捨ててこなければならない息子(=高橋貞二)の苦悩。愛する息子に負担をかけまいと自ら楢山行きを志願する母親(=田中絹代)の毅然とした振る舞い。日本人だろうが外国人だろうが、観る者は母と子の互いを思いやる愛の深さに胸をかきむしられることだろう。
木下恵介へのオマージュである原恵一監督『はじまりのみち』を見れば分かるように、木下は大変な母親思いであった。デビュー翌年に陸軍省の依頼で戦意高揚映画として制作した『陸軍』は、蓋を開けたらその実、出兵する息子の身を案じる母親を描いた反戦映画であり、木下は陸軍省に睨まれる結果となった。ここで母親役を演じ日本映画史に残る名シーンを残したのが、ほかならぬ田中絹代であった。木下は、田中絹代という女優に自らの母の姿を重ね合わせていたのかもしれない。
ところで、作品中に「ねずみっ子」という言葉が出てくる。
田中絹代演じる母は、「ねずみっ子を見る前に山に行きたい」と言う。
どういう意味だろう?
調べてみたら、ねずみっ子とは曾孫(孫の子供)のことであった。
評価:★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損