2015年小学館

 1975年デビューの一ノ関圭の名を知らなかったのは、ソルティが漫画雑誌をあまり読まないからだろうし、この漫画家が非常に寡作、かつ江戸や明治を舞台とする世話物風の内容が通好みだからであろう。小学館の『ビックコミック』に年1、2作のペースで作品を掲載し、玄人筋の評価は高かったようだ。幻のマンガ家と言う声すら聞かれる。

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 『鼻紙写楽』は、2016年第20回手塚治虫文化賞・大賞、および第45回日本漫画家協会賞・大賞を受賞している。ついにメジャーの場で真価が認められたといったところか。近所の図書館に置いてあったのもそれゆえだろう。

 江戸時代中期、賄賂政治で悪名高い田沼意次による重商政策から、松平定信による風紀粛清、重農主義の寛政の改革へと移り変わる江戸の町で、人気歌舞伎役者である五代目市川團十郎(上記表紙絵)とその息子徳蔵(六代目市川團十郎)を軸とした周辺の人間模様や事件を描く。
 同じ歌舞伎役者の中村仲蔵や四代目松本幸四郎や女形の初代瀬川菊之丞、浮世絵師の歌川豊国や東洲斎写楽、作家の山東京伝や鶴屋南北、やり手の出版業者の蔦屋重三郎、むろん田沼意次や松平定信も、実在の人物たちが次々登場し、史実とフィクション入り乱れてのストーリー展開が興趣をそそる。

 絵の上手さは折り紙付き。
 『ビッグコミック』掲載ということから、はじめ男性漫画家かと思っていた。が、実は女性である。なるほどそれも道理と思わせる、柔らかく繊細な線のタッチ、女心を描く巧みさ、子供と着物を描く手際良さ。作品中に描かれる実在の浮世絵の模写からもかなりの画力の高さが知られる。

 話も面白く、歌舞伎や浮世絵といった芸の世界に生きる者たち、権謀術数の政治の世界に生きる男達、その周囲で愛する者のために身を尽くし身をささげる名もなき者たち。それぞれの立場で、真剣に日々を生きる人間たちを描く作者の視点は鋭く、あたたかい。

 個性的キャラも愉しい。
 とくに、連続少女殺人鬼に少女と間違わられて連れ去られた挙句、残酷にも羅刹されてしまう徳蔵(六代目團十郎)が圧倒的な魅力を放って目が離せない。徳蔵を主役にシリーズ化してほしいくらい。

 ほかの一ノ関作品も読みたくなった。


評価:★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損