1977年東宝
117分
原作 水上勉
音楽 武満徹
撮影 宮川一夫

 岩下志麻に第1回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を、奈良岡朋子に同最優秀助演女優賞をもたらした名作。『極妻』と並らぶ志麻さまの代表作と言っていいのだろう。共演の原田芳雄、樹木希林もいい味出している。美しい北陸の四季を映した宮川の撮影も良い。 
 
 瞽女(ごぜ)とは盲目の女芸人のこと。旅をしながら、あちらこちらの門前や座敷で三味線や唄を披露して生計を立てる。戦前までは全国的に活動していたらしい。
 盲目の女の身であることから、組をつくり連れ立って巡業していた。「はなれ瞽女」とは、組の掟を破ったため追放された瞽女のことである。映画では、岩下志麻演じるおりんが巡業先の屋敷で男と関係を持ったために追放される。男と関係を持ってはならない掟なのである。
 
 どこまで史実なのかわからないが、この設定は興味深い。
 男と関係を持ってはならないのは、一つには子供ができたら巡業し続けることができないからである。はなれ瞽女となったおりんは、女郎まがいのことをしながら、男のぬくもりを求めてきた。目の見えないおりんにとって、肌を合わせることが淋しさを癒す手段なのだ。そんな暮らしの中でできた子供を死なせてしまった過去もある。
 また、瞽女は阿弥陀様の庇護を受けて芸能に身を捧げる存在として純潔を守らなければならない。いわば巫女である。男と関係を持つのは阿弥陀様を裏切ることである。
 瞽女を神仏につながる存在として設定しているところが、民俗学的な興味を掻き立てる。「被差別の民の起源は呪的能力者であった、エタの起源はイチ」という筒井功の説を想起した。
 
 全編、志麻さまの美貌と熱演がほとばしる良作である。が、ほかならぬその美貌がリアリティを損なっている。こんなに美しい、歯並びきれいな瞽女はおるまいて。目の開いたロンパリ風のはなれ瞽女を演じている樹木希林と一緒に歩くシーンでは、まるで深窓のご令嬢とお付きの女中のようである。その樹木希林も白く輝く歯並び良すぎて不自然さを滲ませる。
 また、三味線はおそらく岩下本人ではなくプロによる演奏であろうから、それは良い。問題は唄である。志麻さまが映画の中で数多くの唄をこなしているが、お世辞にも上手いとは言えない。祝いの席や長男を戦地に送り出す大事な席で披露できるレベルではない。これも吹き替えのほうが良かった。
 篠田監督はどうもいつも不徹底。(大女優の女房を御せなかった?)
 

評価:★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損