上演(収録)日 2011年3月19日
会場  メトロポリタン歌劇場(ニューヨーク)

作曲:ガエタノ・ドニゼッティ
指揮:パトリック・サマーズ
管弦楽:メトロポリタン歌劇場管弦楽団
出演:
 ルチア(ソプラノ)  :ナタリー・デセイ
 エドガルド(テノール):ジョセフ・カレーヤ
 エンリーコ(バリトン):ルードヴィック・テジエ
上映時間:3時間26分

 もはや語り草となっているナタリー・デセイのルチアを観るために、久しぶりに銀座に出かけた。
 目指すは歌舞伎座のそばの東劇である。過去数年にMET(メトロポリタン歌劇場)で上演され話題となった32演目のオペラのアンコール上映しているのだ。
 観たい(聴きたい)作品はたくさんあれど、一本 3,200円と決してお安くはない。(生の舞台を米国まで見に行くことを考えれば破格の値段ではあるが)
 今回はイタオペばかり3つ選んで観ることにする。
 まずはドニゼッティの最高傑作『ルチア』。

 1965年生まれのナタリー・デセイは上演当時46歳。歌手としては微妙な時期だ。特に美しい高音と超絶技巧を売りとするコロラトゥーラソプラノ歌手としては・・・。
 この舞台の2年後、デセイはオペラ舞台から引退してしまった。自分でも喉の衰えや声の限界を自覚していたのだろう。賢い決断だと思う。
 この舞台のデセイも明らかに喉の不調に悩まされている。全幕通して声のかすれや声量の衰えが目立つし、高音部のレガートも危うげである。もともと声帯が丈夫でなく若いころから何度も故障に悩まされていたようだから、限界が来ていたのかもしれない。
 このオペラ最大の見せ場は、主役ソプラノの独壇場で超絶技巧が堪能できる「狂乱の場」である。高音域の難しいパッセージが続き、クライマックスでは気の触れたルチアがフルートと掛け合いする部分がある。デセイの声は決して安定しているとは言い難く、なんとフルートとの掛け合いを省いている! 楽譜を無視してアカペラで歌っているのだ。こんなの初めて聴いた。
 個人的には、フルートとの掛け合いは必須だと思う。フルートの高くうつろな響きは狂ったルチアの頭の中の声だと思われるので、掛け合いによって次第に狂気の域に入り込んでいくルチアを表現する大切な部分なのだ。そこを省いては作曲者ドニゼッティに対して礼を失する。
 が、もしかしたら、これもデセイの不調ゆえだったのかもしれない。フルートの奏ずる難しいパッセージに合わせて掛け合いするのが困難だったゆえに、あえてアドリブの利くアカペラにしたのかもしれない。

 と、ここまで書いたところからして、残念な舞台だったと思われるかもしれないが、そうではない。
 この声の不調を補ってあまりある名演だった。デセイの入魂の演技、深い解釈と鍛え抜かれたテクニックに支えられた表現力は、やはり語り草となるも道理の素晴らしさである。歌唱と演技が一体となって、残酷な兄によって恋人と引き裂かれ心砕かれた一人の乙女を舞台上にまざまざと現出させた。フィオレンツァ・コソットばりの名女優である。表現力に関して言えば、マリア・カラス爾来最高のルチアと言ってよいのではあるまいか。

 エドガルドを歌ったジョセフ・カレーヤは、生粋のイタリアンテノールとでも言いたいような(マルタ島生まれだが)癖のない輝かしい高音で、その愛嬌ある顔立ちや体格とともにパヴァロッティ御大を想起した。最終幕のアリアなど、涙なしで聴けない絶唱であった。
 エンリーコ役のルードヴィック・テジエも素晴らしかった。朗々たるドラマチックバリトンである。風格ある舞台姿も良い。『ナブッコ』を聴いてみたい。

 生の舞台でなしにここまで臨場感を感じさせるとは、さすが世界一のオペラハウス。(終演後にスクリーンに向かって拍手している人がいた)
 なによりかにより、ドニゼッティの落款(らっかん)とも言うべき「熱き心」をしっかりと「今ここ」に蘇らせて、聴く者をして感応せしめ、その魂を揺さぶった。


IMG_20190903_221358


評価:★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損