作曲 ガエタノ・ドニゼッティ

上演(収録)日 2016年4月16日
会場 メトロポリタン歌劇場(ニューヨーク)
指揮 マウリツィオ・ベニーニ
演出 デイヴィッド・マクヴィカー
出演 
  • エリザベス一世 : ソンドラ・ラドヴァノフスキー(ソプラノ)
  • ロベルト・デヴェリュー : マシュー・ポレンザーニ(テノール)
  • ノッティンガム公爵 : マリウシュ・クヴィエチェン(バリトン)
  • 同夫人サラ : エリーナ・ガランチャ(メゾソプラノ)
上映時間 3時間4分(休憩1回)
言語 イタリア語

 エリザベス一世が統治する16世紀イギリス。
 老齢の女王は、若き恋人ロベルト・デヴェリューがほかの女性と通じているのではないか疑念にかられている。その勘はあたり、ロベルトはエリザベスの腹心の友であるノッティンガム公爵夫人サラと秘かに愛し合っていた。
 ロベルトは、アイルランド遠征に際しての不可解な行動で反逆罪に問われる。
 下った判決は死刑。
 命乞いする親友のノッティンガム公爵。彼はよもや親友と妻ができているとは思いもしなかった。
 愛と嫉妬の間で苦悩し、死刑執行の署名をためらうエリザベス。
 だが、ロベルトとサラの深い関係を証拠立てる品が現れ、ノッティンガム公爵とエリザベスは怒り心頭に発する。
 ロベルトの処刑後、もはや虚脱状態のエリザベスは退位を宣言する。


エリザベス一世


 どこまで史実で、どこから創作かわからない。
 が、処女王と呼ばれたエリザベスが生涯何人もの臣下の恋人を持ったのは事実のようだ。
 本作はエリザベス女王の晩年を描いた悲劇なのである。

 MET初演ということが表しているように、ドニゼッティのオペラの中ではそれほど有名でも評判が高いわけでもなく、上演されるのは稀であった。
 百年に一人の名ソプラノであるエディタ・グロベローヴァが90年代に蘇演させて大成功をおさめたことが、本作をMETのラインナップに乗せる大きなきっかけとなったのではあるまいか。
 むろん、難役である主役エリザベス一世を歌い演じることのできるソプラノあってこその話である。

 ソンドラ・ラドヴァノフスキーを聴くのは初めてであった。
 これが凄かった!
 熱演、好演といったレベルを超えて、凄演、烈演、怪演の域に達している。
 気迫、オーラ―、圧倒的存在感、役への没入ぶりは鬼気迫る。
 愛する男を自らの手で処刑に課した絶望と狂気のラストシーンは壮絶の一言。
 これに匹敵するものは、『西鶴一代女』の田中絹代か、『蜘蛛巣城』の山田五十鈴か、『サンセット大通り』のグロリア・スワンソンか。
 長いMET史上、伝説の名演がまた一つ生まれた。

 ラドヴァノフスキー=エリザベス女王がメインで登場する第1幕と第3幕の緊張感はんぱなく、目が離せない。
 それにくらべると、彼女の出番の少ない第2幕が退屈である。
 他の歌手たちも一流の名に恥じない素晴らしい歌声と演技を披露しているし、演出も美術もオケも悠々合格点に達している。
 が、肝心の音楽がつまらない。
 ドニゼッティ作品は、よく出来ている部分と陳腐な部分との落差が大きいのである。
 というより、そこがスター歌手のテクニック誇示を目的とするアリア部分などに力点が置かれている、ロッシーニやベッリーニも含めたベルカントオペラの特徴というか欠点なのだろう。
 全曲にわたって、交響曲のごとく緻密に設計され、退屈を感じさせないヴェルディ作品(とくに中期以降の)とは造りが異なる。
 致し方ないところであるが、第2幕がもっとよく出来ていたら・・・と思わざるを得ない。
 
 ラドヴァノフスキーは、晩年のエリザベス女王の老醜と肉体の衰えを容赦なくさらけ出す。(もちろん、声は衰えていない)
 老いの苦しみと、身悶えるような嫉妬を、一体となった歌と演技とで表現し尽くす。
 日の沈むことのない大英帝国の権力者と言えども、老いの前には、成らぬ恋の前には、いかんともしがたい。
 残酷なまでの人生の真実がそこにある。
 
 
評価:★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損