2013年佼成出版社

 その昔、所属していたNGOの調査の仕事でイギリスの病院を視察したことがあった。ロンドン市内にある公立病院である。
 そのときに、エイズ患者を支えるチーム医療の仕組みについて説明してくれた担当者が、話の中で「チャップリン」という単語を連発するのを聴いて、ソルティは感心したものである。

「さすがイギリスはユーモアの国。患者を支えるスタッフの中に道化師も入っているんだなあ~」

 ロビン・ウィリアムズ主演のアメリカ映画『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』(1998年)が公開されて間もない頃だったので、あの映画に出てくる医師パッチのように、道化(ピエロ)の恰好をして患者を笑わせて治療効果を高める役割を担うスタッフが、すでに英国の病院ではチーム医療の一員として公式採用されているのか、と思ったのである。で、英国では、かの偉大な喜劇俳優にちなんで、その役割を「チャップリン」と呼ぶのであろうと・・・。

 とんだ勘違い、というより語学力不足であった。
 チャップリン(Chaplin)でなくて、チャプレン(Chaplain)であった。 

チャプレンあるいはチャップレンは、教会・寺院に属さずに施設や組織で働く聖職者(牧師、神父、司祭、僧侶など)。

多くの病院、養護施設、介護施設、ホスピスにおいては、患者、家族、スタッフの精神的、宗教的、スピリチュアルなニーズを支援するチャプレンを雇用している。老人ホーム、介護付き住居などでもチャプレンが採用されている。チャプレンはどのような信仰を持つ人でもケアを提供する。

(ウィキペディア『チャプレン』より抜粋)


 意味を知って、キリスト教文化の深い側面に触れる思いがした。
 というのも、日本の公立の病院やホスピスや介護施設で僧侶を雇っているところなんてあるだろうか? 
 袈裟を着た坊さんが病院をウロウロしていたら、「縁起でもない」と煙たがられるのがオチではなかろうか。

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 著者の沼野は1956年大阪生まれ。薬剤師から病院チャプレンとカウンセラーに転職し、数々のキリスト教系の病院や緩和ケア病棟などで、たくさんの終末期の患者と出会い、看取ってきた。
 本書はその豊富で貴重な体験をもとに、誰にでも訪れる老いと死について考察している。
 
 以下、ソルティが心に留めた言葉を、余計なコメントと共に紹介する。

● 満足できる生き方とは、自分の願いが全部かなう生き方という意味ではありません。苦労が多かろうと、たとえ思い通りに生きられなかったとしても、自分の人生に「これでよし」と言えるものを持っているということです。満足できる生き方をしてきた人は、他者の援助を心地よく受けることのできる方であり、自分の人生に納得し、老いの日々を豊かな気持ちで生きることができます。
ソルティ:「思い通りに生きられる」人なんて滅多いないだろう。望月の栄華を誇った藤原道長でさえ、晩年は病と死と祟りの恐怖に苦しめられた。

● 死にたいという気持ちや願いを責めないで、今、死ぬことは不可能であることを、本人が自ら悟り、あきらめるように援助するならば、「死に急ぐ人」から「死を待つ人」へと導くことができます。そして死を待つ人になれると、今を生きることにも、関心が持てる可能性が出てきます。
ソルティ:「悟った人は、ただ死ぬのを待っているだけ」と言うスマナサーラ長老の言葉を思い出した。

● 人はこの世を去る前に、大切なことを学ばなければなりません。それは迷惑をかけているだけの存在にもかかわらず、なおも自分で自分の存在をいとおしく思い、価値あるものとして見ることができるか――つまり、存在するだけでも、生きているだけでも尊い、意味と価値があることを学ばなければならないのです。
ソルティ:「ただ、居る」ことの本質的価値とは、本質的価値そのものである。

● 高齢者の今日の姿は、やがて迎える将来の自分の姿であることを、そして、今介護の時に高齢者と関わるその同じ関わり方で、介護者自身も老いを迎えた時、関わられるハメになるということを、心にとめておきたいものです。老いは順番なのです。
ソルティ:自分が老いた時、どんな介護をしてもらいたいか。「やっぱ、優しくされたい!!」

● 家族の間で、使うのがむずかしい言葉は、おそらく「ごめんね」という素直な謝罪の言葉かもしれません。人生のある時期に、この言葉をきちんと使っていたら、もっと満足した心地のよい日々を、晩年にお送りになれたかもしれないと思ったケースを沢山見てきました。ごめんねという言葉は、人生の鍵になる言葉であり、家族間で使うには勇気のいる言葉でもあります。
ソルティ:確かに…。「ありがとう」よりも使ったことのない言葉だ。(そもそも、「謝らなくちゃいけないことなんてない」と思っている←傲慢?)

● 人生の中で味わう苦労から学ぶことの一つが、あきらめること、上手にあきらめることです。思い通りにいかないことをあきらめること、誰かのせいにするのではなく、人生というものはこういうものなんだと、素直に受けとめることを何度も繰り返していくと、最後の人生の課題、つまり自分の死をも、しょうがないこととして見つめることができるようです。
ソルティ:「あきらめる」とは「明らめる→明らかにする」、つまり「物事の真理を明らかにする」ことである。

● お金がないから死にたい、これは、きわめて正直で深刻な理由です。お金がなくなると本当に生きる意欲を失います。「生きていてもいいんだよ」と人生の終末期に、自分が自分に言えるような生き方を、今からしておかなければなりません。そのためには、最後の日々のための貯金が必要です。
ソルティ:自分にはこれが一番難題かも。老後資金2000万円なんてとてもとても・・・。ベーシックインカムの勉強&推進運動でもするか!



評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損