1955年大映(日本、イギリス領香港共同制作)
98分

 期待半分、怖いもの見たさ半分でレンタルした。
 
 期待はもちろん、世界のミゾグチが、中国史上最も有名な王宮恋愛ドラマ(長恨歌)を、『羅生門』『雨月物語』の京マチ子×森雅之のグランプリコンビを主役(楊貴妃×玄宗皇帝)に配して撮った、というところにある。
 怖いもの見たさは、日本人スタッフ&キャストによる海外ドラマ、それもコスチュームプレイ(歴史劇)に対する一抹の不安による。舞台が紫禁城だろうがベルサイユ宮殿だろうがタージ・マハールだろうが、日本人が撮ると、どうもそこに味噌汁と漬物風のお茶の間感、あるいは浪花節的貧乏臭さが漂うのを感じ取ってしまうからだ。
 
 蓋を開けてみたら、期待したほどの出来ではなかったけれど、悪い予感がズバリ的中というほどの落胆もなかった。
 駄作、失敗作とは言わないまでも、溝口にしては巨匠らしくない残念な凡作である。
 なにより、「この映画を撮りたい!」という強いモチベーションが感じられなかった。
 
 とはいえ、そこは完璧主義者の溝口らしく、しっかりと中国王宮らしいセットや小道具、衣装、音楽で固め、王宮の外の下町風景も異国情緒豊かである(香港ロケかもしれない)。
 残念なのは、ドラマ後半の描き方が粗雑で、手抜き感が見え見え。長恨歌の世界を(安禄山の乱も含めて)98分で納めようとしたところにどだい無理があった。
 また、肝心の楊貴妃=世界三大美女の一人=京マチ子が、思ったほど綺麗にも官能的にも撮られていない。(衣装も地味) 同じ三大美女であるクレオパトラに扮したリズ・テーラーを、これ以上なく美しく撮ったハリウッド大作とは雲泥の差である。玄宗が楊貴妃を愛したのはなによりその美しい心映えのため、という設定にしたためだろうか。京マチ子は日本の女優の中では山口淑子とならんでもっとも大陸風美貌の主なので、もったいない感が否めない。

 この映画の見逃せないポイントは、安禄山を演じる山村聡の威風堂々たる豪傑ぶり。そして、出番5分程度のチョイ役に過ぎないにもかかわらず、強い印象を残す女官役の杉村春子である。とくに、杉村は目つきと口調と物腰とで、春日局のごと誇り高き後宮の元締め役になりきっており、その中世ヨーロッパの修道女を思わせる角を生やした黒衣のベール姿は、毒殺を企むカトリーヌ・ド・メディチめいた残忍な風情すら漂わせている。
 この杉村を生かせば、もっと面白い映画になったはず。


評価:★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損