静かな日曜の夜。
入院4日目。

いまのところフロアは寝静まっている。
数時間もすれば、早々と床入りしたため早々と目を覚ました認知ばあちゃんが、ベッドから起きて歩き出そうとし、床に仕掛けられたセンサーが鳴り響くだろう。
何度も!
そのメロディーは聞き知っている。
ベートーヴェン「エリーゼのために」。

そこからは、あちこちからのナースコールや、夜勤スタッフと患者の会話や、スタッフ同士の眠気覚ましのおしゃべりが朝まて続く。
病院の夜は意外に賑やかだ。

このエリーゼばあちゃんには驚かされる。
一日中、起きている間はひっきりなしに喋っているのだ。
他の患者や病院スタッフと話してない時は、独りごとを言っている。
その7割は愚痴やクレームである。
彼女の最大の悩みは、自分で立って歩きたいのに、周りが許してくれないことにあるようだ。
車椅子から立って歩こうとする彼女と、それをなんとか押しとどめようとするスタッフの不毛なやりとりが、ソルティの寝ている病室まで届いてくる。

「わたしゃ、トイレに行きたいだけなんだよ! 行っちゃいけないのかい?」
「じゃあ、一緒に行きますから、まず車椅子に座ってください」
「いいよ、子どもじゃないんだから。一人でいけるよ」
「ダメです。転ぶと危ないから、ちゃんと便器に腰掛けるところまでは見守らせてください」
「あんた、わたしのお尻が見たいのかい?」
「・・・・」

ボケてるエリーゼと孫世代の若いナースとの会話は漫才のようで、結構笑える。
エリーゼのマシンガンクレームにいい加減ぶち切れたナースが押し黙る空気が伝わって来て、心の中で「がんばれ、ナース!」と応援してしまう。

残念ながら、ソルティがベッドから降りてフロアに行けるのは、の時か入浴時だけなので、いまだエリーゼの顔を知らない。
声や話し方からすると、90才は超えているように思う。
困り者の反面、天真爛漫なふうがあり、憎みきれないキャラのようだ。

とにかく、朝から夜まで喋り続ける無尽のパワーには感嘆する。
ソルティの経験から、こういうタイプはおばあちゃんに多く、おじいちゃんには滅多いない。
ジャンダー差を思ってしまう。

退院までにはエリーゼの顔を見たいものである。

ほら、センサーが鳴り出した。

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若き日のエリーゼ?