2013年原著刊行
2015年早川書房より邦訳

IMG_20191229_174827


 『その女アレックス』で一躍、世界のひのき舞台に躍り出たフランスのミステリー作家ピエール・ルメートル。
 本作は、ミステリー作家としてだけでなく、小説家としての実力のほどを知らしめるに十分な力作である。

 形としては第一次世界大戦を背景とする犯罪サスペンスであるが、登場人物のキャラクターづくりと奇抜にしてリアリティあるプロットが巧みで、そのうえで一人一人の心理や欲望の綾を押さえたストーリーが展開するので、人間ドラマとして読みでがある。フランス最高の文学賞と言われるゴンクール賞(日本で言えば芥川賞か直木賞のようなものか)を受賞しているのも納得できる。

 キャラクターの魅力で言えば、徹底したエゴイストで二枚目の没落貴族であるアンリ・ドルネー・プラデルが、憎らしいながらも面白い。サイコパスそのものといった冷酷さは、ヴィスコンテの『イノセント』に出てきたトゥリオを想起させる。
 主人公の青年アルベールは、犯罪小説のヒーローらしくない臆病な小心者で、天敵プラデルを前にすると蛇の前の蛙のようにすくみあがって、ズボンの中にオシッコをちびってしまう。だが、心やさしく、責任感がある。
 もう一人の主人公エドゥアールは、芸術家気質の反骨的な青年で、億万長者の息子。ゲイである彼は、やり手の実業家である父親と断絶している。

 上官プラデルの奸計により戦地で生き埋めにされたアルベールは、同僚のエドゥアールに危ういところを救出される。そのとき、爆発物の破片が飛んできて、エドゥアールの顔の下半分を整形不可能なほど破壊してしまう。
 この災難によって、アルベールとエドゥアールは固く結び付けられることになる。
 
 アルベールとエドゥアールの、ノンケとゲイの友情の行方は?
 傷痍軍人二人による国家相手の壮大なる復讐(詐欺)は成功するのか?
 悪辣なるプラデルに天罰が下る日は来るのか?
 そして、エドゥアールは父親と邂逅を果たすのか?
 父親はエドゥアールのセクシュアリティを受け入れられるのか?
 
 様々な関心が並行しながら、怒涛の結末に向かっていく強烈サスペンス。
 サスペンスとは、事件でなく、心理にこそある。
 上下巻600ページを超える分量も、物の数ではない。
 夜更かし必死。


 
評価:★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損