2019年中央公論社
(2017~2018年に読売新聞朝刊に連載)

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 尾崎紅葉『金色夜叉』を、舞台を現代に転換して創作したものである。
 橋本治は昨年1月に亡くなったから、おそらくこれが生前最後の小説であろう。

 むろん、ソルティも『金色夜叉』の有名なくだりは知っている。
 熱海の海岸の貫一&お宮の彫像も見ている。
 お宮がダイヤモンドに目が眩んで許婚の貫一を袖にしたのも知っている。
 そのときに貫一が放った有名なセリフ、「来年の今月今夜のこの月を僕の涙で曇らせてみせる」も聞いたことがある。
 しかるに、この小説を実際に読んだことはなく、結末は知らなかった。
 二人の行く末はどうなったのか?

貫一お宮
貫一&お宮(熱海海岸)


 今回はじめて知ったが、この小説は紅葉が亡くなったため未完だったのである。貫一とお宮は結ばれることないまま、捨て置かれた。
 その後、紅葉(注:山村ではない)の弟子の小栗風葉が『終編金色夜叉』を書いた。そこでは、貫一は心労で正気を失ったお宮と思い出の熱海の地で二人きりで静かに暮らす、という結末が用意されている。ハッピーエンド???
 ちなみに、夜叉とは古代インド神話に出てくる人を食らう鬼神のことである。金色夜叉とは、「人を食らう金色の神」、すなわちお金のことを意味するのだろう。

 橋本の小説は、あらすじは原作とほぼ同じ、登場人物の名前もそのまま貫一&美也である。美也が貫一をフッて結婚した富山唯継が IT 長者(前澤友作を連想した)であったり、ホームレスになった貫一がネットカフェ難民から這い上がって飲食業界の風雲児となったり、美也と唯継が別れるきっかけとなるのが伊豆のホテルでのスワッピングパーティーであったり・・・・・と現代風に見事にアレンジされている。
 さすが古典文学再生の匠、橋本治である。

 読売新聞の連載を意識してのことか、話のメインは貫一とお宮の恋愛沙汰より、むしろすべてを失いゼロとなった貫一が現代社会を這い上がっていく修羅道を描くところにあるように思った。
 乳母日傘で育ち世間常識のない貫一が、身一つで養家を出てネットカフェ難民となり、ブラック企業の日雇いやら、時代に取り残された機械工場の住み込みアルバイトやら、住民票を得るための苦労やら、木造アパートでの初めての一人暮らしやらを経験していく過程の描写が、リアリティあって面白い。「黄金夜界」の対極に位置する現代日本社会の底辺の様子が、読売新聞読者に供されたのである。
 
 橋本のつけた結末はかなり残酷なもので、「ええ、そりゃあんまりだろ!」と心の中で叫ばずにはいられない。
 才覚一つで底辺から抜け出し「黄金夜界」入りに王手をかけた貫一が、数年ぶりに再会した美也を前にとった行動は、おそらく原作者紅葉も思いつかないものであろう。
 そこに、明治時代と令和時代の若人の差があるのだろうか。



評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損