2000~2002年小学館『ビッグコミック』連載
2016年新装版(全3巻)

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 松山ケンイチ主演の映画『聖の青春』(2016)で多くの人に知られるようになった棋士・村山聖(1969-1998)の生涯を描いた、事実をもとにしたフィクションコミック。
 ちなみに、聖は「さとし」と読む。

 作者の山本おさむは、ろう学校の子供たちを描いた『どんぐりの家』で第24回(1995年度)日本漫画家協会賞優秀賞を受賞している斯界の大ベテラン。庶民的で劇画タッチの絵柄と、あざといほどに泣かせるネームづくりが特徴的である。
 村山聖は腎臓が悪くネフローゼ症候群を患っていた。子供の頃から病棟暮らしで、多くの友だちを見送ってきた。そのへんの事情が、山本の興味を引いたのかな?と思っていた。
 が、もっと深い事情があった。
 あとがきによると、山本の妻で同業者の久木田律子がやはりネフローゼ症候群で、この漫画を連載中(2002年)に亡くなったのである。本作終盤の圧倒的迫力は、山本の慟哭が込められているためだろう。
 
 実名で登場する聖と同世代の羽生善治、佐藤康光、森内俊之、ちょっと上の谷川浩司など、将棋の天才たちの神童ぶりにあらためて驚かされる。その天才たちが食うか食われるかの死闘を繰り広げる勝負の世界の厳しさ、その中に育まれる人と人との絆の深さもあますところなく描かれている。
 とりわけ、聖と師匠森信雄の犬の親子のように無垢な師弟愛には感動する。これほど濃密な関係があるのはスポーツの世界くらいかと思っていた。
 
 聖の生涯をかけた夢は「名人になること」であった。
 結果的にその夢の実現は病に阻まれたのだけれど、名人でもタレントでもなくて、ここまで有名になった棋士、ここまで周囲に影響を及ぼし記憶に残る棋士は他におるまい。「名のある人」という意味ではまぎれもない「名人」である。
 
 今回初めて知ったのだが、村山聖は漫画好きで7000冊ほどの蔵書があったそうだ。とくに少女漫画をよく読み、萩尾望都のファンだったという。
 萩尾望都と言えば『ポーの一族』、『ポーの一族』と言えばヴァンパネラである。主人公のエドガー・ポーツネル少年は人の生き血を吸いながら、永遠の命を生きる。
 おそらく、村山聖はエドガー・ポーツネルに憧れたであろう。永遠の命が約束されれば、いや、生き血をもらってあと数年だけでも生き延びられたら、必ずや名人になれるのに・・・・・と、病床で萩尾望都のコミックを手に歯噛みしたことだろう。

 でも、きっとそれは一瞬のことだったにちがいない。
 永遠の命というのは結局、永遠の千日手と変わりないと、瞬殺の読みで了解したことだろう。


将棋の駒



評価:★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損