1986年原著刊行
1991年早川書房(堀茂樹訳)

 ハンガリー出身の女性作家。2011年に75歳で亡くなっている。
 本書はクリストフの名を一躍、国際的ならしめた出世作にして代表作である。

IMG_20200209_172906


 第2次大戦下、ナチスドイツ占領下にあるハンガリーの一村を舞台に、双子の悪童の日常を本人たちの視点から描いている。双子による複数の短い手記(タイトルつきの作文)を時間軸に沿って並べた構成になっている。そのためとても読みやすい。

 双子の年齢は(名前も)記されていない。10~12歳くらいだろうか。
 悪童は悪童でも、単なるいたずらっ子のレベルではない。ハックルベリー・フィンやジャイアンや磯野カツオやじゃりン子チエや矢吹ジョーのような、ある種のほのぼのや下町人情的なものやシンナー漬けの拗ねた不良を想像していると、しっぺ返しを食らう。

 両親と離れて田舎の祖母の家で暮らすことになった彼らは、文明とは無縁の厳しい生活環境の中で本来の天才を発揮し、生きのびるために必要な様々な鍛錬を自らに課し、技術や知恵や処世術を身につけていく。
 とこれだけなら、「腕白でもいい。たくましく育ってほしい」レベルの話なのだが、彼らが身につけていく悪徳は、覗きや万引きから始まり、窃盗、SMプレイ、恐喝、騙り、殺人、放火・・・その跳梁跋扈はとどまるところを知らない。
 しかも、これらの悪徳というか犯罪を、彼らは何の感情も伴わずにやってのける。怖れもためらいも不安も罪悪感も後悔も悲しみも喜びもなしに、粛々と効率的に遂行する。そのさまは、潔癖というか無垢というか AI 的というか・・・。

サイボーグ


 読んでいて連想したのは、映画ではヴィスコンティ『イノセント』、ミヒャエル・ハネケ『白いリボン』、小説ではアルベール・カミュ『異邦人』、東野圭吾『白夜行』、貴志祐介『悪の教典』、ウィリアム・ゴールディング『蝿の王』、コミックでは浦澤直樹『モンスター』といったあたりであった。
 すなわち、「サイコパス、無神論、子ども」の三題噺といった印象である。

 誤解を恐れずに言えば、おそらく、主人公の双子の男の子たちは、生まれつき何らかの非社会的気質(発達障害とか遺伝子異常のような)を持っているのだろう。信じ難いほどの語学能力や記憶力などから察するに、現在ならアスペルガー障害の一種と診断されるかもしれない。
 だが、彼らが悪徳に染まっていくのは持って生まれた気質のためばかりではない。当時のハンガリーが置かれた非人道的な状況ゆえである。

 双子の周りで、ナチスの軍人が闊歩し、爆弾が投下され、街が破壊され、食料は底をつき、品物が強奪され、ユダヤ人は連行されて虐殺され、女性たちが強姦され、戦死者やカタワになった兵士があふれかえり、家族は切り離されていく。連合軍が勝利しナチスがいなくなると、今度はソ連が共産体制とともに蹂躙する。アンジェイ・ワイダ監督の『カティンの森』において描かれているポーランドと同じように。
 このような状況下を生き延びていくために、双子たちはたくましすぎる生活力を身に着けていったのである。

 つまり、この作品は双子のすくすく成長する姿を通して、大人たちがつくる世界の不条理と残虐と出鱈目ぶりを鏡のように映し出している。神の存在する余地のない地獄のさまを浮かび上がらせている。
 真の悪童が誰なのかは言うまでもなかろう。

 物語の最後で、双子のうち一人はソ連支配下となったハンガリーを、とんでもない手段を用いて脱出する。いったいどこへ行くのやら?
 クリストフは続編『ふたりの証拠』、『第三の嘘』を書いている。
 この子らがどのように育っていくか、どんな大人になっていくか。
 知りたいような、知りたくないような・・・・・。


評価:★★★


★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損