2015年イギリス
104分

 原題は The Lady in the Van 「ヴァンの中の淑女」
 劇作家アラン・ベネットが実体験をもとに書いたコメディドラマである。
 マギー・スミスとアレックス・ジェニングス共演で1999年に舞台化、15年間のロングランとなり、同じ顔触れで映画化された。

 内容からして、『ミス・シェパードをお手本に』という邦題はそぐわないし、ちょっとダサい。
 2001年に日本で舞台化されたときの邦題は、『ポンコツ車のレディ』。
 いいタイトルじゃん。なんでこれにしなかったのか?
 
 多くの芸術家が住むロンドンのカムデン・タウンに越してきたアラン・ベネット(=アレックス・ジェニングス)。独身の劇作家で、実はゲイである。彼はそこで、路上に停めたポンコツのヴァンの中で暮らす正体不明の老女ミス・シェパード(=マギー・スミス)と出会う。
 頑固で偏屈で不潔で感謝知らずのミス・シェパードの奇矯な行動に振り回されながらも、なぜか気になってしまい、何くれと世話するベネット。しまいには自宅の庭にヴァンを駐車させてあげるはめに。
 二人の関係は15年にも及び、やがてベネットは彼女の波乱万丈の過去を知ることになる。

 ―—といった話なのだが、この映画はタイトルや成り立ちやテーマやストーリーよりも、何を措いてもまず、英国の国民的名女優たるマギー・スミスの至高の演技を味わうべき作品である。ソルティがレンタルしたのも、マギー・スミスの演技が観たいからであった。
 期待を裏切らない、どころか期待をはるかに超えた本物の演技に脱帽するほかない。

ミスシェパード

 
 英国におけるマギー・スミスの位置づけを本邦の女優で置きかえたら誰であろう?
 すぐに浮かぶのは一昨年亡くなった樹木希林である。
 演技力といい、知名度といい、庶民的かつ個性的な顔立ちといい、頑固一徹そうな性格といい、演じた役柄の幅の広さといい、両女優は似ている。
 希林亡きあと、その座を占める女優はそうすぐには出てこないと思われる。一番近いところにいるのは、大竹しのぶだろうか。
 ちなみに、日本で舞台化されたときのミス・シェパードは黒柳徹子、ベネットは芝俊夫と田中健の“二人一役”だった。徹子さんは適役だったろう。
 
 ソルティは樹木希林の演技をあまり好まなかった。
 巧すぎてかえって鼻につく感じがしたのである。
 彼女が演じている様々なキャラクターのうしろから、「わたし、うまく演じているでしょう」という希林の心の声が聞こえてくるような気がした。とくに、物語が佳境に入り、最高の見せ場であるほど、深く複雑な感情表現が必要とされるシーンほど、その傾向を感じた。
 演じている自分をどこかで観察、計算、評価している、もう一人の希林の存在を感じた。
 
 一方、マギー・スミスは映画・演劇関係者のだれもが「上手い」と認めざるをない女優だが、彼女の芝居には「鼻につくような巧さ」を感じることがない。あまりに演じている役に同化してしまうから、観ている方もそこに、女優マギー・スミスでなく、物語の登場人物を観るからである。
 この映画でも、最初のうちこそマギー・スミスの名演技を鑑賞する心づもりでいたが、話が進むにつれ、ミス・シェパードという風変わりな老女の隠された過去や行く末に関心を寄せている自分がいた。
 ミス・シャパードとマギーが一体化し、あたかもマギーの“地”であるかのような自然さに達している。
 その意味では、樹木希林より大竹しのぶのほうが、よりマギーの演技に近いかもしれない。
 役をつくる人(姫川亜弓)と、役になりきる人(北島マヤ)の違いだろうか?

琴弾八幡宮の白猫


 ところで、この映画をレンタルしたその日の夜、NHKスペシャルで『車中の人々、駐車場の片隅で』というドキュメンタリーをやっていた。やむを得ない事情のため長期間車の中で暮らさざるを得なくなった人々(車中生活者)を取材・調査した番組だ。
 それによると、全国1160の道の駅のうち335か所の駐車場に車中生活者が存在した。単身者ばかりでなく、夫婦、子連れ家族、ペット連れ、認知症の要介護者、病気を抱える人がいて、車中で亡くなる人も少なくない。年齢は幅広く、そうなったきっかけはさまざまであるが、失業や貧困や人間関係のストレスなどが多いようである。道の駅を利用する理由は、24時間無料でトイレや売店があり、他人と話す必要がなく、夜間追い出されることがないためである。
 インタビューを受けた当事者の一人はこう言った。
 「生活保護を申請するために役所に行ったら、車があるからダメですと断られた」

 ミス・シェパードは、ロンドン市民が住む街中で車中生活をしていた。近所の人々は一様に困った顔はしていたが、追い出したり、嫌がらせしたり、警察に通報したりはしなかった。時にはお菓子や食べ物の差し入れしながら、遠くから気にかけていた。
 彼女のもとには定期的にソーシャルワーカーが訪問し、様子を見守っていた。施設への入所を進めたが、これは以前入所した精神病院で嫌な体験をしたミス・シェパードによって拒否された。
 自由と尊厳が守れる車中生活を望むミス・シェパードの決定を尊重しながら、ゆるやかなネットワークで見守っていたのである。

 ミス・シェパードをお手本に。
 なるほどなあ~。


 
評価:★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損