2017年角川書店

 『ペンと箸』の作者によるドキュメンタリーコミック。
 うつ病を脱出した18人(田中自身を含む)を取材し、その体験をまとめている。

 18人には、ロックミュージシャン大槻ケンヂ、AV監督代々木忠、エッセイストまついなつき、小説家熊谷達也、脚本家一色伸幸、フランス哲学研究者内田樹など、その名を知られた人たちもいる。
 ほどよくポップな絵柄、ちょっと贅沢なカラーページ、あざやかな桜色の表紙、うつの人が手に取りやすいことを考慮した作り。18人の中に本コミックの編集を担当した折晴子が入っている意義を感じる。
 うつで苦しんでいる当事者はもちろん、うつ病患者と接する家族や友人や同僚にも、うつヌケはしたけれど「突然リターン」におびえる人にも、役に立ち、支えとなる(「励みとなる」はNGワードだ)読み物である。

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 例によってソルティもうつ傾向を持っている。
 思えば、ソルティの半生はウッちゃんとの同行二人だったような気さえする。
 真面目で責任感が強くナイーブな完全主義者(マジ?) + 自己肯定の難しいセクシュアルマイノリティ + 周囲に助けをもとめられない見栄っ張り + 寒さに弱い――という、まさにウッちゃんにしてみれば最高に居心地良い温床の主である。
 心療内科に行ったり精神安定剤のたぐいを飲んだりしたことはないが、かなり重い一時期は、休日まるまるコタツにもぐって台所にある包丁のことを考えている、という時もあった。
 
 ウッちゃんとの同行二人は、台所の包丁の声に誘われることなく、ウッちゃんとどう付き合っていくかという試行錯誤の旅でもある。ウッちゃんの出番をなるべく少なくしながら、いかに精神の安定を保ち、穏やかな気持ちで日々を過ごすかという工夫である。
 この場合、「明るく活発で社交的」というのは目指さない。極端な元気、いわゆる躁状態は、後からのぶり返しが予想されるので、警戒しなければならないのである。
 
 おかげで、現在はかなり心のコントロールが巧みになった。ウッちゃんが胸の奥の楽屋から登場しそうな気配をいち早く感じ取り、適切な対応によって舞台袖に控えてもらい、おもてなしすることができるようになった。
 “うつヌケ”という言葉が意味するのは、おそらく、うつの克服ではない。打ち勝つのではなく、適当に“いなす”のである。
 
 長年のソルティの実感では、うつの原因は体内の“気”のゆがみ、滞りである。
 だから、“気”の通りを良くし、体に害をもたらす悪い“気”を良い“気”に変え、整えることが大切である。そのためには、そのときどきの自分の“気”の状態を、自分で感じ取れるようになるのが一番である。
 ソルティが“気”を整えるのに役立つと実感するのは、次のようなことだ。  
  1. 山登り ・・・体内の悪い“気”を排出し、大自然の良い“気”を取りこむ
  2. 水泳  ・・・“気”は水と親和性がある
  3. 畑仕事 ・・・“気”は土と親和性がある、いわゆるアーシング効果
  4. 睡眠  ・・・寝不足は“気”を枯らす
  5. 温泉  ・・・とくに秘湯と呼ばれるパワーある温泉の威力は目覚ましい!
  6. ヨガ  ・・・身体的テクニックで“気”のつまりをほぐす
  7. 瞑想  ・・・精神的&身体的テクニックで“気”のつまりをほぐす
 とくにおすすめしたいのは、瞑想である。
 いつでもどこでも簡単にできるということもあるが、山登りからヨガまでの6つはどうしても一時的な効果に限られる。そのときは改善しても、日常に戻れば元の木阿弥になってしまう。それに対し、瞑想は“気”の状態を恒常的かつ不退転に引き上げていくからである。
 やればやるほど、良くなっていく。

 で、瞑想は瞑想でもヴィパッサナ瞑想が効く。昨今マインドフルネス瞑想とも呼ばれ、欧米中心にブームとなっているやつである。
 
 ヴィパッサナ瞑想は、はるか2000年以上前にブッダが唱え、悟りに至る瞑想とも観察瞑想とも言われ、テーラワーダ仏教の信者たちの間で実践されているものである。
 もっとも、瞑想するのに、仏教徒になる必要も、経典を読む必要も、悟りを目指す必要もない。市販されているマニュアル本を読めば、誰でもその日からすぐ始められる。必ずしも座禅を組む必要もなく、長時間やる必要もない。(ただ、効果が出るまで、ある程度の期間は続けたほうがよい)
 
 ソルティがヴィパッサナ瞑想に出会ったのはかれこれ10年以上前。そのときから今日まで、真剣さに波はあるものの、ほぼ毎日実践している。
 爾来、ウッちゃんに主役の座をとられることがなくなった。大人しく楽屋でゲームでもしているようである。落ち込むこと、心が疲れること、気分が滅入ることはあるが、その状態を長く保つことがなぜか生理的にできなくなった
 身体の観察により自らの“気”の状態に敏感になった。退屈したウッちゃんが楽屋から出てくるのを察したら、さっさとお茶菓子を用意して、舞台袖でしばらく愚痴につき合ってあげる。しばらくすると、気が済んだウッちゃんは、大人しく楽屋に戻っていく。
 
 実は、ヴィパッサナ瞑想に出会う前も、瞑想はやっていた。
 何か一つのものに集中する瞑想や、呼吸の数を数える瞑想や、心をカラにし雑念が浮かんだらそれが自然に去るまで見つめている瞑想とか、いろいろと試したものである。
 どの瞑想にもそれなりの効果はあり、身体を休息させ、心を落ち着けるのに役立った。
 が、瞑想している間は、あるいは瞑想後の数十分間は平常心を保てても、時間が経つと効果が切れてしまうのである。聖人のように晴れやかな気分になったかと思うと、しばらくすると、古い常連客のようにウッちゃんがどこからともなく舞い戻ってくる。
 
 ヴィパッサナ瞑想は、「瞬時瞬時、実況中継するだけ」という地道な作業である。心が一気に天界に突入する、体が宙に浮かび上がる、神や菩薩が目の前に現れる、前世の自分が見えてくる、超能力や霊能力が芽生える――みたいな劇的経験や神秘体験は期待できない。
 が、うつ症状を徐々にではあるが、確実に、軽減させる。
 それだけでも十分、この瞑想と出会って良かったと思っている。


瞑想カエル




おすすめ度:★★★

★★★★★
  もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★   面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★   いい退屈しのぎになった
    読み損、観て損、聴き損