たぶん40歳以下の人は知らないだろうが、今から30年以上前にエイズパニックというものがあった。
日本はもちろん、世界中で。

80年代初頭アメリカで、免疫力が次第に損なわれて死に至る奇病が、ゲイの間で蔓延した。
まもなく、原因はHIV(ヒト免疫不全ウイルス)であると判明し、AIDS(後天性免疫不全症候群)と名付けられた。
1985年に日本人第1号患者の報道があった。アメリカ在住のゲイの男性だった。

ここまでは対岸の火事。

1987年、神戸で日本人女性の感染が報告された。
そこからのパニックが凄まじかった。
マスコミはこの女性の氏名・住所をつきとめて顔写真入りで公開した。
風俗に勤めているというデマが広がった結果、歓楽街が空になった。
この女性が外国人と付き合っていたという噂が独り歩きし、その後に松本で起きたフィリピン人女性の感染報道と相まって、各地で外国人入店拒否などの差別が起こった。
検査所に身に覚えある男達が殺到した。
ノイローゼとなったある弁護士は、検査結果を待たずに自殺した。(結果陰性だった)


エイズパニック記事(神戸)
昭和62年1月18日のサンケイ新聞(当時)朝刊


感染者に対する差別は酷いものであった。
診療拒否、病院たらい回し、解雇、内定取り消し、入居拒否、さまざまなレベルのプライヴァシー破壊・・・・・。家族もまた差別された。
ソルティは、当時の様子を調べるため、関東地方のある大病院を取材したことがある。
その際、担当者は言った。
「最初にウチに入院した患者が亡くなったあと、彼が使っていたベッドを焼却しました」
パニックになると、科学的事実など簡単に吹っ飛ぶものだと痛感した。

HIVは当初、ゲイと血友病患者と風俗で働く(遊ぶ)人の特有の病と思われていた。
「不特定多数の相手とのセックスは避けましょう」と盛んに言われた。
そこに当てはまらない人間にとっては、当事者性が低い。
「血友病患者をのぞけば、性的にふしだらな人間がかかる病でしょう?」とみなされた結果、感染者は倫理的に断罪され、それが差別を助長した。

感染者と分かると差別されると知って、こんどは検査を受ける人が激減した。
「どうせ陽性と分かったところで治療法はないし、八分されるだけでしょう? なら、このまま何も知らずに、いままで通りの生活を続けるよ」
感染拡大防止の観点から、これがもっとも怖い展開なのは言うまでもない。
(※現在、HIVには何種類もの薬がある。血液中のウイルスを検出限度以下まで減らし、AIDS発病を抑制できる。相手に感染させるリスクもほぼゼロになる)

コロナウイルス


新型コロナウイルスは、人と関わって社会生活を送る人間ならば、だれでも感染しうる。
感染者に対する差別は、いずれ差別した当人にそのまま降りかかってくる。
倫理も、貧富の差も、地位も、職業も、性別も、セクシュアリティも、性行動も、国籍も、人種も、年齢も、関係ない。
大統領も、世界的スターも、政治家も、官僚も、医者も、金持ちも、宗教家も、そうでない人々と同じ俎上に上げられる。

だれもが当事者。
それが今回のウイルス騒動の特徴であろう。