2016年岩波書店

 美術史において、光と闇がどのように描かれてきたかに焦点を当てた研究書。
 日本美術についても、また彫刻についても、それぞれ一章当てられているが、主として西洋の絵画史が概観されている。
 著者は1963年名古屋生まれの美術史家で、カラヴァッジョ研究の第一人者。

 副題にある通り、カラヴァッジョ(1571-1610)こそは、西洋美術において光と闇の表現に革新をもたらした芸術家であった。
 彼の実質的デビュー作である『聖マタイの召命』(本書表紙)は、公開されるや賛否両論を巻き起こし、カラヴァッジョの名は一夜にしてローマじゅうに知れ渡り、その画風はまたたく間に画壇を風靡したという。

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奇跡というものは、客観的な復活や治癒などではなく、すべて内面的な現象にすぎず、神も信仰もつまるところすべて個人的な内面や心理の問題に帰着する。こうした考えは、プロテスタントだけでなく、イエズス会やオラトリオ会など、個人と神との対峙を重視する当時のカトリック改革の宗教思想に通じるものである。
 しかし、それを説得力のある様式で初めて視覚的に提示したのはカラヴァッジョであった。彼は宗教画を、遠い昔の出来事ではなく、観者の目の前に立ち現れるヴィジョンとして表現した。劇的な明暗、質感豊かな細部描写、画面からモチーフが突き出るような表現などすべては、観者のいる現実空間にリアルな幻視をもたらすための仕掛けであった。 


 カラヴァッジョの尽きせぬ魅力は、その臨場感あふれるドラマチックな数々の絵とともに、その波乱万丈の生涯にあろう。
 この人は、天才画家であると同時に、ゲイであり、殺人者であり、死刑宣告を受けた逃亡者であり、脱獄者であった。名声の絶頂にいる最中、ローマの街のチンピラと決闘して一人を刺殺したのである。血気盛んな無頼漢だったようだ。
 
 殺人者でゲイの天才芸術家――というと自然連想されるのが、本邦の平賀源内(1728-1780)である。
 源内もまた、酔っぱらって大工の棟梁2人を殺傷し、破傷風で獄死した。
 カラヴァッジョの生まれ変わりだったのか・・・?

源内の墓
台東区橋場にある平賀源内の墓


 たぶん、カラヴァッジョが闇に惹かれ、闇の中の人物を執拗に描き続けたのは、自らの心の中の闇を見ていたからなのだろう。
 というのも、彼の作品においては、普通の宗教画で観られるように光(=神)を浮き立たせるために闇が描かれるのではなく、闇(=悪)の深さを描くために光が使われている――そんな印象を受けるからである。

 逃亡先で熱病に倒れ最期を迎えたとき、カラヴァッジョは光(=救い)を見たのだろうか?
 それとも闇に囚われたまま逝ったのだろうか?



おすすめ度 : ★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損