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1998年祥伝社

 副題は「検非違使・坂上元嗣の謎解き帖」
 10世紀の平安京を舞台に、宮中や貴族の邸や京の町中で起こる数々の殺人事件を、当時の警察たる検非違使・坂上元嗣(けびいし・さかのうえのもとつぐ)が、愛人である貴族の娘・顕子(あきこ)の助けを借りて解決していく姿を描く、平安朝医学ミステリー。

 著者の川田弥一郎は、平成4年、『白く長い廊下』で江戸川乱歩賞を受賞している。
 コミック化されている『江戸の検屍官』が代表作。
 死体鑑定の知識は、医師という前歴によるものであろう。

 とはいえ、科捜研のマリコが駆使するような科学技術は当然ない。
 DNA 鑑定やルミノール反応はもちろん、指紋や血液型にすら頼れない時代の話である。
 捜査に利用できるのは、目撃証言を別とすれば、現場に残された犯人の遺留品と足跡くらいが関の山。
 あとは、黒澤明の映画『羅生門』で見るように、亡くなった者の霊を祈祷で呼び出して霊媒――憑坐(よりまし)という――に乗り移らせ、殺された経緯を当人に証言させるという、科学信奉者マリコびっくりのアクロバティック捜査である。
 いくらなんでも、これでは推理小説の態をなさない。
 
 そこで、有能なる検非違使・元嗣が犯人捜しのツールとして活用するのが、香りである。
 この時代はまさに香りの文化が隆盛を極めていた。
 貴族や後宮につとめる女房たちは、こぞって自分ブランドのオリジナルな香りを開発し、自らの着物に薫きしめるのが日常だったのである。
 遺体につけられた香りを手掛かりに、元嗣は推理し、犯罪を再構成していく。
 つまり、指紋ならぬ香紋である。
 このときに元嗣の強力な助っ人となるのが、嗅覚が異常に発達し京中の香料を嗅ぎ分けられると豪語する愛人顕子である。
 
 香りを手掛かりに事件を解決するというアイデアが秀逸である。
 寝殿造りの構造とか、貴族の衣装の説明とか、男が女のもとに通ってくる婿取り婚システムとか、宮中用語や家具の名前といった平安貴族の生活風景や独特の風習は、古典文学に馴染みない読者にはすんなり理解できず、わずらわしく感じるかもしれない。
(ソルティはこの時代が好きで、周期的にこの時代に関するものを読みたくなる。前世の一つ?)
 
 一方、権力者が一枚かんでいそうなメンドクサイ事件は「もののけ」のせいにしてしまいたがる上司とか、「穢れ」ご法度の宮中での死体発見はあってもなきこととされ、「いま死にかかっている」と言わなくてはならないとか、元嗣と顕子との中国古来の房中術の限りを尽くしたセックス描写とか、現代の我々にもすんなり理解できるエピソードもあり、楽しめる。
 諸田玲子の『王朝まやかし草紙』がそうであったが、どうも王朝ミステリーには派手なエロ描写は
欠かせないらしい。
 これも『源氏物語』の影響か・・・。

 ちなみに10世紀の宮廷と言えば、「この世をば・・・」で絶大な権力を誇った藤原道長の祖父にあたる藤原師輔(もろすけ)や、その息子で『蜻蛉日記』の主要キャラたる藤原兼家が、自らの娘を天皇に嫁がせ外戚となることで藤原北家の黄金時代を築いていたときである。




おすすめ度 : ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損