2015年角川新書
ブッダは実在しない。
簡単に言えば、結論はそういうことだ。
ブッダは実在の人物ではなく、一つの観念であり、その観念から人物としてのブッダが生み出されていった。
そして、実在の証としてブッダの遺骨とされるもの、仏舎利を祀る仏塔が建てられ、それを核として仏教という宗教が生み出されていった。
――という衝撃的結論を掲げる本書が、日本のお寺関係者や仏教研究者たち、あるいは一般信徒や一般読者の間でどのような反響をもたらしたのか、ソルティは寡聞にして知らない。サンガ新書発行のその名もずばり、『ブッダは実在しないのか?』(2016年発行)という本の中で、島田裕巳と浄土真宗住職でテーラワーダ仏教を信奉する藤本晃とが対談しているようだが、未読である。読んだ人の感想をうかがうに、突っ込んだ議論には至らなかったらしい。
なんとなく、この「ブッダ非実在論」は島田の言いっ放しのまま、各方面から放置されているような感を受ける。
気のせいだろうか?
本書において、島田が、「ブッダすなわちゴータマ・シッダールタが実在しなかった」と唱える根拠は、ソルティの解するところ、以下のとおりである。
- 仏教の初期の段階では、ブッダの生涯が一人の人物の一貫したものとして語られていない。
- ブッダが実在したことを証明する同時代の資料がまったく存在しない。
- ブッダの直説に近いとされる初期の経典『スッタニパータ』(岩波文庫『ブッダのことば』中村元訳)の内容は、あまりに単純であっけなく、仏教の基本教義とされる「八正道」や「十二縁起」の教えなども含まれておらず、世界宗教につながるような要素が見出せない。
- 初期の経典においては、ブッダ(悟りを求めて修行する人、の意としている)という言葉は複数形で使われており、必ずしも一人の人間に限定されるものではない。
- インドに仏像が誕生するのはブッダが亡くなって600年以上経ってから。こんなタイムラグが生じたのは、仏像のモデルとなるブッダの存在が曖昧だったから。
- 紀元前にインドで建てられた仏塔を飾るレリーフの「仏伝図」をみると、描かれているのは、「出家」、「成道」、「涅槃」などの個々のエピソードであり、同一人物の人生上の出来事を表現したものとして物語化されていない。
以上から、島田は次のように断定する。
つまり、もともとブッダという人物が実在していたわけではなく、長い時間をかけて、一人の人物が作り上げられてきたことになる。そう考えなければ、ブッダということばが最初に複数形で用いられたことも、仏伝図が一人の人物の生涯としてまとめあげられていなかったことも説明できないのだ。
ソルティは学者でも研究者でも僧侶でもないので、島田の説に反論することはできない。上記の6つの論拠一つ一つについて、具体的な資料をもって反証する能力はないし、それをするつもりもない。
ただ、ブッダは2500年以上前の人物(イエス・キリストより500年以上昔)で、当時のインドには記録を文字として残すという習慣がなかったのだから、2の論拠については致し方ないところである。実在したことの証明にも、実在しなかったことの証明にもならないであろう。
ブッダの実在性について疑問を持ち研究すること自体、何ら問題はない。あたりまえと思われていることに懐疑の目を向け、真相を確かめようとする研究姿勢は学者として立派である。
また、各経典の成立時期や内容・形式から、仏教の中心教義の成立過程を調べる作業も有益であるに違いない。
ソルティはいまテーラワーダ仏教(いわゆる小乗仏教)の聖典である『阿含経典』を読んでいる最中だが、すべてのお経がブッダの直説あるいはブッダオリジナルの思想であるとはまったく思っていない。なにしろ、ブッダ入滅後の数度の結集において弟子たちが記憶・暗唱するには、あまりに膨大な量であるから。
また、現時点で最も古い経典と学界でみなされている『スッタニパータ』と、仏教の中心教義(十二因縁・五蘊・六処・四諦・三相・八正道)が体系的に説かれている『相応部経典』の内容や形式は、同じ『阿含経典』の中にあっても、かなり印象が異なる。それこそ、二人のブッダを想定したくなるくらいに・・・。
確かに、この違いにはなんらかの筋の通った説明が必要かもしれない。(たとえば、『スッタニパータ』はゴータマ・シッダールタの直説であるが、『相応部経典』は弟子の阿羅漢たちが直説をもとに理論構築したとか・・・)
島田でもほかの誰でも、「ブッダは実在するか?」と問いを立て、自分なりに調ベ上げて、説得力ある論拠と共に「非実在説」を立てることに何の問題もない。
ただ、新奇な説を唱えるには――それがラジカルなものであればあるほど――丁寧かつ揺るぎない論証が必要とされるであろうに、ここでの論旨はかなり杜撰に思える。
一例であるが、5の「仏像が作られるようになるまでのタイムラグ」について、それならば当時のインドにおける仏教以外の他の宗教(たとえばバラモン教)の神像の制作事情がどうであったか、が問われなければならないだろう。そこにはまったく触れられていない。
門外漢のソルティが言うのもなんだが、
ヴェーダ時代(紀元前1500~紀元前500年頃まで)は、インドの文化や思想形成のうえで重要な時期であった。しかし、ヴェーダの宗教においては、前述のような祭祀が重視され、哲学的思索が発達した一方で、神像、神殿のような造形作品はその需要がなく、この時代はインド美術史における空白時代となっている。(ウィキペディア「インドの美術」より抜粋)
仏像に限らず、偶像崇拝自体がなかったのではあるまいか。

釈迦と弟子たち(千葉県鋸山の日本寺)
さらに、島田の困ったところは、仮説からいきなり断定に走り、断定が暴論を生んでいる点である。
ブッダが実在しなければ、ブッダが説いた教えというものも存在しない。教えが存在しないのであれば、仏教という宗教自体が存立し得ない。すべてが後世に作られたものであれば、仏教の教えとされるものの価値や根拠はどこにも見出せなくなってしまう。
言葉の用法にもっと気をつかってほしいところであるが、上記の「ブッダ」は仏教の祖とされるゴータマ・シッダールタ個人のことである。彼が実在しなかったのであれば仏教には価値がない、と言っている。
しかし、島田自身が「ブッダ」は複数の人物であった可能性があると述べているではないか。複数の優れた「ブッダ」による教えが仏教として残ることに、それが時を経るにつれ仏法としてまとめ上げられることに、なんの問題があるのだろう?(ソルティ自身は、ゴータマ・シッダールタは実在したカリスマ的教祖と思っている)
それに、「後世に作られたものであれば、価値や根拠は見出せない」と言うのであれば、島田が「魅力的」と述べている大乗仏教の教えは、まさに価値も根拠も根こそぎ剥ぎ落とされてしまうのではないか?
大乗仏教においては、空や唯識といったことが説かれ、あらゆる存在に仏性が備わっているという主張もなされた。あるいは、称名念仏による西方極楽浄土への往生といったことも、誰もが実践できる信仰として説かれるに至った。
そうした大乗仏教の教えに比べると、原始仏教の思想は、極めてシンプルなものに感じられるかもしれないが、内容は曖昧で、何より実践性に乏しい。空の思想のように、それに接する人間に衝撃を与えるものにはなっていないのだ。
島田はほんとうに原始仏教を知っているのであろうか、という疑問が浮かび上がらざるをえない。
どう見たって、「内容が曖昧で、実践性に乏しい」のは大乗仏教(と一括りにするのも乱暴であるが)のほうである。
原始仏教にはアビダンマという、それこそ重箱の隅をつつくような緻密にして周到な論理体系がある。曖昧には程遠い。
また、八正道や種々の瞑想法という具体的な実践が懇切丁寧に経典に説かれている。タイやミャンマーやスリランカの坊さんたちが、一体何をしていると言うのだろう?
人類に与える衝撃の度合いについては何をかいわんや!
どうも島田の本心は、仏説に近いとされる原始仏教を矮小化することにあるように見受けられる。
原始仏教を矮小化し、大乗仏教を持ち上げ、中でも神秘主義的側面の濃い密教を肯定し、つまるところ何がしたいのだろう?
このように、仏教は絶えず発展し、変化をとげていく宗教であり、原点に回帰するという方向性をもたない。原点が明確でない以上、キリスト教のように、正統と異端というとらえ方も成り立たない。仏教は融通無碍で、無限の自由を有しているとも言えるし、逆にとりとめがなく、無節操であるとも言えるのである。
「異端で、無節操」な仏教風宗派があってもいいじゃないか!
そう言いたいのではあるまいか?
おすすめ度 : ★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損

