舞台の本番を数日後に控えているのに、自分の役の科白を全然覚えていない。
これからどう頑張っても覚えきれない。
いったい自分は何をボケっとしていたのだろう?
―――という夢をたまに見る。
悪夢というほどではない。
にっちもさっちもいかない困った状態のまま目が覚めて、「ああ、夢でよかった」とホッと一安心する、というほどのこともない。
ちょっと、心がざわついて、しばらくすると夢を見たことも忘れてしまう。
似たような夢で、試験が近い夢や試験を受けている夢を見るという人がいる。
学生時代の延長のようなストレスフルな夢だ。
ソルティはこちらは見たことがない。
どういうわけか決まって舞台がかかわっている。
実際、ほんの少しの間だが芝居をやっていたことも過去にあり、そのせいかとも思うのだが、やっていた時は科白を覚えきれないとか、科白を忘れたという経験はなかった。
トラウマになるほどの悲惨な失敗もしなかった。
ステージフライト(舞台恐怖)に苦しんだこともなかった。
いつからこの夢を見始めたのか覚えていないのだが、最初のうちは幕が開くのは2~3日後という設定だった。
がむしゃらに覚えようとすれば間に合わないこともない気がする。
もっとも、どんな内容の芝居なのか、どんな役を振り当てられているのか、どのくらいの量の科白があるのかまでは、はっきりした設定ができていないのだが。
ただ夢の中では、「いまから覚えるのは到底無理」と半ば諦めている。
そのうち、だんだんと幕開きまでの期間が短縮されてきて、「明日が本番」という設定がしばらく続いた。
それがさらに短縮されて、「数時間後に本番」となった。
だんだん追い詰められていく。
ついには、「本番直前の楽屋」で扮装も化粧も済んで、幕開きを他の役者たちと待っているところになった。
ソルティが全然科白を覚えていないことを他の役者たちは知りもせず、それぞれ自分の科白や動きを確認している。
自分の中では「困ったことになった」と思っているのに、「いまのうち、みんなに告白しておかなければ・・・」とは考えていないあたりが不誠実きわまりない(笑)。
先日、夢の中で気づいたら、ついに舞台上にいた。
本番最中である。
数名の役者と一緒に舞台にいて、観客の視線を浴びている。
戸外のシーンのようで、草や木の大道具に囲まれている。
周りの役者たちが流れるようなよどみなさで、代わる代わる科白を口にする。
何を言っているのかはわからないものの、ソルティは「なかなか、上手いものだ」と感心している。
なんとなくシェークスピアを思わせる科白回しだ。
と、科白が切れた。
舞台上を沈黙が支配する。
・・・・・
それは芝居の「間」ではなく、明らかに「途切れ」と分かる不自然な沈黙。
誰かが科白を忘れているらしい。
役者間に緊張が走る。
・・・・・・・・
瞬間、「あっ、ここは自分の科白なんだ」と理解する。
が、むろん何をしゃべっていいのか見当もつかない。
筋が分からないのでアドリブすらきかない。
沈黙が続く。
・・・・・・・・・・
しばらくすると、舞台袖に控えていた他の役者がその沈黙の理由に気づいたらしく、出番ではないのに舞台に登場して、適当な科白をその場ででっちあげて、事態をうまく回収してくれた。
そこで夢は終わった。
これでこの夢は終わるのか、この先があるのか。
黒子がいれば問題ないのでは?
P.S. そうそう、肝心なことを書くのを忘れていた。この芝居の台本を書いたのはソルティ自身なのであった。自分の書いたものを忘れているのだ。