2018年原著刊行
2019年日経BP社より邦訳
主著者のハンス・ロリング(1948-2017)は、スウェーデンの医師、公衆衛生専門家。
本書執筆を終えた後にすい臓癌で亡くなった。
共著者は、息子とその妻である。
副題に「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」とある通り、現在ではネットで誰もが閲覧・取得できる、科学的方法により得られた統計データに基づいた、世界のありのままの姿が描き出される。
たとえば、本書冒頭で著者は世界に関する13のクイズを読者に呈示する。
ピックアップすると、
● 世界の人口のうち極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったでしょう?A 2倍になったB あまり変わっていないC 半分になった● 世界の平均寿命は現在およそ何歳でしょう?A 50歳B 60歳C 70歳● 世界中の一歳の中で、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子供はどのくらいいるでしょう?A 20%B 50%C 80%● いくらかでも電気が使える人は、世界にどのくらいいるでしょう?A 20%B 50%C 80%
正解はここでは記さないが、ソルティは4つとも間違った。
全13問のうち当たったのは3問のみ。
チンパンジーより悪い成績だ。(三択なので、デタラメに選んでも的中率は33.3%になる)
いずれの場合も、現実のデータが示すものより悲観的でネガティブな答えを選んでいた。
つまり、自らの主観的な思い込みで、世界を実際以上に悪いものと捉えていたのである。
ひとつ安堵したのは、チンパンジーに負けたのはソルティだけではなかった。
著者ハンス・ロリングは世界中の講演先でこのクイズを様々な対象に実施してきたが、チンパンジーより正答率が高かった者はほとんどいなかったという。
なぜ、一般市民から高学歴の専門家までが、クイズでチンパンジーに負けるのか。知識不足を解決する方法はあるのか。何年もの間、事実に基づく世界の見方を教え、目の前の事実を誤認する人を観察し、そこから学んだことを一冊にまとめたのがこの本だ。あなたは次のような先入観を持っていないだろうか。「世界では戦争、暴力、自然災害、人災、腐敗が絶えず、どんどん物騒になっている。金持ちはより一層金持ちになり、貧乏人はより一層貧乏になり、貧困は増え続ける一方だ。何もしなければ天然資源ももう尽きてしまう」
持っている、持っている。
加えて言えば、「核による人類破滅の脅威は刻々迫っており、新型コロナウイルスのような未知のウイルスや細菌の発生による人口淘汰は容赦なく、富士山は近い将来大爆発して首都圏を灰の海と化し、少子高齢化と不況により年金制度は崩壊し多数の高齢者が路頭に迷うことになり、UFOの目撃多発は宇宙人の地球侵略が近いことを示しており、・・・・・・」
ひとつ言い訳をさせてもらえば、メディアの流す情報が悪いもの、ネガティヴなものばかりで、幼い頃からテレビやラジオや新聞やネットなどでそれらの砲弾を絶え間なく浴び続けてきたため、洗脳されてしまっているからだ。
「世界は危険に満ちている」
「世界には、日本には、解決しなければならない問題が山ほどある」
「今のうちに何とかしないと、将来大変なことになる」
こういった見方――著者がいうところの「ドラマチックすぎる世界の見方」を、知らず身につけてしまっているのだ。
そしてまた、一度身につけた知識がなかなかアップデートされないこともある。
数十年前に学校で習い覚えたことがいまでも通用すると思ったら、大間違いである。
たとえば、日本最初の貨幣は「和同開珎」でなく「富本銭」で、大化の改新は「645年」でなく「646年」で、遣唐使は「廃止」でなく「中止」で、鎌倉幕府の成立は「1192年」でなく「1185年」で、冥王星はもはや「惑星」の一つではなく、哺乳類は爬虫類から進化したのではなく、富士山は「休火山」でなく「活火山」である。
平成以降の教科書を持つ子供と接点のないソルティ、最近まで知らなかった。
平成以降の教科書を持つ子供と接点のないソルティ、最近まで知らなかった。
数十年前の印象では、世界は西洋や日本など一握りの先進国と多数の発展途上国に分かれ、途上国では、「水道や電気の引かれていない未開の地が多く、人々は地べたに直接寝て、食べ物がなく予防接種も受けられない幼い子供はバタバタ死んでおり、それゆえ女性は生涯たくさんの子を産まなければならず、貧乏人や女性の教育機会や政治参加機会は奪われ、平均寿命が極端に低い」
それは決して間違いではなかった。
が、数十年前の話である。
むろん、紛争地域や独裁政権国家など一部の国では、外からの支援の手が入らず開発が進まず、数十年前のまま時が止まって、上記のように悲惨な状態のままのところもある。
しかし、それを全体に当てはめるのは正しくないのである。
ニュース番組などで流される難民キャンプなどの情景、あるいは街頭でアウトリーチ活動中の国際NGOから手渡される「現地の人」の生活実態が悲惨で、強烈な印象が残るので、なんとなく途上国ではいまだに・・・・というイメージが払拭されていなかった。
日々接する情報が個人の意識や思考に与える影響は大きい。
だが、ハンスは言う。
「ドラマチックすぎる世界の見方」をしてしまうのは、知識のアップデートを怠っているからではない。最新の情報にアクセスできる人たちでさえ同じ罠にはまってしまうのだ。また、悪徳メディア、プロパガンダ、フェイクニュース、低質な情報のせいでもない。わたしは何十年も講義やクイズを行い、人々が目の前にある事実を間違って解釈するさまを見聞きしてきた。その経験から言えるのは、「ドラマチックすぎる世界の見方」を変えるのはとても難しいということ。そして、その原因は脳の機能にあるということだ。
本書の一番の特徴にしてすぐれた点は、どのような脳の機能(=本能)によって、「ドラマチックすぎる世界の見方」を我々がつい行ってしまうのかを明らかにしたところである。
以下の10の本能を原因として挙げて、ひとつひとつを説明し分析している。
- 分断本能 ・・・「世界は分断されている」という思い込み
- ネガティヴ本能・・・「世界はどんどん悪くなっている」という思い込み
- 直線本能 ・・・「世界の人口はひたすら増え続ける」という思い込み
- 恐怖本能 ・・・危険でないことを、恐ろしいと考えてしまう思い込み
- 過大視本能 ・・・「目の前の数字が一番重要だ」という思い込み
- パターン化本能・・・「ひとつの例がすべてに当てはまる」という思い込み
- 宿命本能 ・・・「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み
- 単純化本能 ・・・「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み
- 犯人捜し本能 ・・・「誰かを責めれば物事は解決する」という思い込み
- 焦り本能 ・・・「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
社会全体を見ても、身の回りを見ても、なにより自分自身を振り返っても、「確かにそうだよなあ」、「その傾向(本能)あるよなあ」と思うことしきりである。
とりわけ、今のコロナ禍における世の人々のありさまに、上記の10の本能のいくつかを見出すことはとても容易である。
あちこちで起きている感染者バッシングの様を見ていると、日本人はとくに「犯人捜し本能」が強いのではないか、と思われる(――と断定するのはまさに「パターン化本能」のなせるわざか)
10の本能に毒されずに客観データに基づいて世界をありのままに見たとき、
「世界はあなたが思っているより悪いところでも危険なところでもないし、悪くなってもいない。むしろ、歴史を通じて良くなってきている」
という結論に導かれる。
「世界はあなたが思っているより悪いところでも危険なところでもないし、悪くなってもいない。むしろ、歴史を通じて良くなってきている」
という結論に導かれる。
不安が軽減され、精神衛生上こんなに良いことはない。
その結論がなかなか受け入れ難いのならば、その理由を自らにまず問いかけるべきなのだろう。
その結論がなかなか受け入れ難いのならば、その理由を自らにまず問いかけるべきなのだろう。
訳者の一人(関美和)はあとがきに、こう記している。
この本が世の中に残る一冊になるだろうと考える理由は、この本の教えが「世界の姿」だけではなく「自分の姿」を見せてくれるからです。知識不足で傲慢な自分、焦って間違った判断をしてしまう自分、他人をステレオタイプにはめてしまう自分、誰かを責めたくなってしまう自分。そんな自分に気づかせてくれ、少しだけ「待てよ、これは例の本能では?」とブレーキをかける役に立ってくれるのが、ファクトフルネスなのでしょう。
思い込みや主観の囚われから自らを解放したいと願う人におススメしたい本である。
おすすめ度 : ★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損