2018年BBC制作(イギリス)
174分(全3話)
原題:A Very English Scandal

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 これ、実話なのである。
 70年代後半にイギリスを騒がせた自由党党首ジェレミー・ソープにまつわるセックススキャンダル。
 大物政治家の下半身にまつわる醜聞なんぞ今さら珍しくもあるまいに・・・・・と思うところだが、これが Very English (まったくイギリス的)なのはソープの相手が男性だったことによる。
 つまり、国家主席の座を狙えるところまで立身出世した男の同性愛スキャンダルである。
 
 ソルティはソープ事件という名は聞いたことがあったが、くわしいことは知らなかった。
 当時はインターネットはむろん衛星放送なんてものはなかったし、日本のメディアでこのニュースが喧伝された記憶がない。(70年代後半といったら、ピンクレディーが旋風を巻き起こし、キャンディーズが引退した頃である←ミーハー)
 同性愛ネタをどう取り扱っていいものか、日本のマスコミもわからなかったのではないか。
 いや、そもそもニュースヴァリューをそこに発見しなかったのかもしれない。
  
自由党党首ジェレミー・ソープは、かつて同性愛関係にあった10歳年下のノーマン・ジョシフの口を封じ込めるため、腹心の部下の手づるから殺し屋を雇って、ノーマンを抹殺しようと諮る。
が、計略は失敗し、危ういところで生き延びたノーマンは、すべてを当局とマスコミに話す。
ソープは逮捕され、世論を巻き込んだ裁判となる。

 
 イギリスでは1967年に同性愛を罰する法律、いわゆるソドミー法が廃止された。
 ソープとノーマンが出会い付き合っていた頃(60年代初頭)こそ同性愛は違法であったものの、裁判が始まった1978年は違法ではなかった。
 だから、裁判で罪が問われたのは二人の同性愛関係の有無ではなくて、ソープがノーマンを殺そうとしたのか否かという点であった。
 結果的には、ソープおよびその一味は無罪を勝ち取った。
 同性愛についてはソープは最後の最後まで否定し、すべてノーマンの悪意あるでっち上げであると主張した。
 
 判決は無罪であったがイメージ失墜は決定的で、ソープは政界を離れざるを得ず、その後の人生もままならなかったようである。
 このドラマでは、ソープとノーマンの出会いから裁判の終焉までの約20年が描かれているが、その中で二人の同性愛関係は既定の事実としてキスシーン含め映像化され、ソープによるノーマン謀殺計画も実際にあったものとしてみなされている。
 ジョン・プレストンによる同名の原作が出版されたのは2016年、その2年前にソープと彼の妻はあいついで亡くなっている。二人が亡くなったので、判決とは別の「いま一つの真実」が公表できたのだろう。
 おそらくは、このドラマに描かれたあたりが本当にあったことなんじゃないかとソルティは思ったし、イギリス国民の多くも当時も今もそう思っていることであろう。
 つまり、同性愛者であることのスティグマは、たとえそれが違法ではないにしても、一人の政治家が人殺しを企てても絶対にその志向を隠し通したいほどに強いものだったのであり、その噂が立つだけで政治生命が失われるほどに致命的なものだったのだ。
 
 主役の二人を演じる役者が素晴らしい。
 野心家ソープを演じるのは、ヒュー・グラント。
 あのジェイムズ・アイボリー監督によるゲイ映画の金字塔『モーリス』で、モーリスの親友クライヴを演じた往年のイケメン男優である。
 『モーリス』では、クライヴは自らのゲイセクシュアリティを受け入れることができず、地位と金のある女性と結婚し、政治家を志す。
 まるで本作のソープは、クライヴの数十年後の姿のよう。
 なんとも痛ましい。
 ヒュー・グラントは瞳で感情を表現するのがうまい。
 
 愛人ノーマンを演じるのは、演技力に定評ある美男子ベン・ウィショー。
 『クラウド・アトラス』でもゲイの音楽家の役だったが、どうやら実際にLGBTの人らしい。『白鯨との闘い』では作家ハーマン・メルヴィルを演じていた。
 不幸な生い立ちのノーマンは精神不安定な青年で、見ようによっては同性愛をネタにソープを強請る、たちの悪い恐喝者である。
 そこを持ち前の感性豊かな表情と繊細な演技とで、“ダメ男だけれど愛されキャラ”に造り上げている。
 彼が裁判中に“愛のカタチ”の自由を訴えるシーンは心を打つ。
 
 ドラマ的には、ソープ=悪役=クローゼット(隠れホモ)親父、ノーマン=正義=ゲイリブの若者、といった位置づけではあるけれど、二人とも差別と抑圧の犠牲者であることに変わりない。
 特にソープの姿に、セクシュアリティの抑圧と自己否定が生みだす人生の歪みと悲しみとを見出すことができよう。
 そして、それを変えていこうとする勇気と希望が、若いノーマンの姿に託される。
 単なる内幕暴露の物語に終わっていないのはさすが Very English のBBCである。
 

 
おすすめ度 : ★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損