2017年アメリカ
114分

 筋も犯人も分かっていて、評判の高いシドニー・ルメット監督による最初の映画版(1974年)も観ているので、たいして期待せず、暇つぶしに見始めた。

 のっけから、エルサレムの街の美しい映像に引き込まれた。
 テレビ朝日の『世界の車窓から』ばりの完璧な旅情が味わえる。
 そして、ブルジョワ志向のポワロの周囲に次々現れる贅沢な風物――むろん、その頂点がオリエント急行の一等客室である!――に、ヨーロッパ上流文化の粋を楽しめる。
 この二点だけでも観る価値はある。

 語りのスピードとリズムは、そのまま列車のスピードとリズムに受け継がれ、まったく淀むところがない。
 観る者は、自然とオリエント急行の乗客の一人となっている自分を発見するだろう。
 やはり、ケネス・ブラナーの演出の才は非凡。
 そのうえ、主役のポワロを見事に演じるのだから、たまげてしまう。

 ルメット作品でポワロを演じたアルバート・フィニー、あるいは1978年『ナイル殺人事件』におけるピーター・ユスティノフ、そして英国のテレビドラマで足かけ24年間も同役を演じ続けたデヴィッド・スーシェ。
 こうしたベテラン名優たちに伍して新たなポワロ像を打ち出すのは、相当な冒険に違いない。ただでさえ、世界中のクリスティ愛読者ひとりひとりの中に、それぞれのポワロ像があるところに・・・。
 だが、役者としても間違いなく天才であるケネス・ブラナーは、上記3人とはまったく違う魅力的なポワロを生みだしている。(むろん八の字髭は同じだが)

 ソルティは、ケネス=ポワロが気に入った。
 原作にもっとも近いのはおそらくデヴィッド・スーシェのポワロであろうが、人間的魅力の点でケネス=ポワロは図抜けている。作品自体の風格を高めるほどのオーラーを発していて、映画をゴージャスにする。
 それにくらべると、スーシェのポワロはいかにもテレビにこそふさわしい。


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精悍なところのあるケネス=ポワロ


 他の役者では、主要人物であるハバード夫人を演じるミシェル・ファイファーが素晴らしい。
 ダーレン・アロノフスキー監督の『マザー!』でも、ヒロインをいじめるビッチでサイコな中年女を演じ、気を吐いていた。
 まさに今が“旬”の女優である。
 オスカーも近いのではなかろうか。

 ジョニー・ディップの悪党ぶりも見物である。
 こういった憎まれ役でも平気で引き受け、しっかり役作りできるのは、ただのイケメン人気スターではない証明である。目つきから違う。
 いまさら言うまでもないことだが。

 このミステリーの特徴の一つは、最終的に謎を解明したポワロが、ある事情から真犯人を見逃すところである。
 殺人犯を警察につき出さず、真相を伏せてしまうのだ。
 原作では、そのあたりのポワロの逡巡や葛藤は描かれていない。
 時代が時代であった。読者もそこまで一介の探偵に正義をもとめはしなかったと思う。
 本で読むのと映画で見るのとの違いもあるかもしれない。

 本作では、ポワロの逡巡や葛藤がしっかり描きこまれている。
 「情に流されずに犯人を告発し正義を貫くべきか。それとも、犯罪を見逃したという汚点を自らの輝かしい経歴に残すべきか」
 こうした葛藤あるゆえに、ケネス=ポワロの人間性が増して、原作にはない深みが生み出されている。
 74年のルメット版にはない感動が味わえた。

 
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この乗客たちの中に真犯人がいる!


 ケネス=ポワロの第2弾は近々公開予定の『ナイル殺人事件』である。
 今度はエジプト旅行。
 コロナに注意しつつ、久しぶりに映画館の大スクリーンで観てみようかな?
 


おすすめ度 : ★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損