2019年新潮新書

 坂本忠雄は1935年生まれ。元『新潮』編集長で、三つ年上の石原とはかつての作家と担当編集者の間柄。
 80をとうに回った二人が、昔話に花を咲かせる対談集である。
 むろん、主役は慎太郎。坂本はそこここで慎太郎を持ち上げ気分良くさせながら、名伯楽さながら、話を引き出している。


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 川端康成、三島由紀夫、小林秀雄、大岡昇平、江藤淳、大江健三郎といった戦後の文壇を彩った作家たちとの交流、佐藤栄作、田中角栄、美濃部亮吉、アンドレ・マルローら大物政治家の知られざる顔、石原自身による自作の誕生秘話など、興味深いエピソード盛り沢山で一気に読んでしまった。

 押しも押されもせぬベストセラー作家であり、映画スターであり、政治家であり、ヨットやスポーツカーや射撃の達人であり、太平洋戦争を知る最後の世代であり、そのうえ昭和の大スター石原裕次郎の実兄である。話が面白くないわけない。
 石原慎太郎を「好きか嫌いか」と聞かれたら「嫌い」と答えるソルティだけれど、「面白いと思うかどうか」と問われたら「面白い」と言わざるを得ない。(ただし、小説は読んでいない)
 本書を読むと、文学者にありがちな湿った面倒くさい自意識や、政治家にありがちな表裏を使い分ける陰湿さとは程遠い、慎太郎の分かりやすい性格がうかがえる。
 やはり、育ちが良いのだろう。

 ここで披露される数々のエピソードの中でもっとも印象に残ったのは、慎太郎夫婦が平成天皇と美智子妃にお茶に呼ばれたときの話である。
 平成天皇が葉山の別荘にご静養に行かれるときに「何時間も泳ぎ回るので心配」、と口にされた美智子妃に、慎太郎はこう言い放つ。

「あんなところ、海は遠浅で危ないことなんかありませんよ。伊豆の姉崎の別荘下なら僕もダイビングで時々潜りますけど、回遊魚も来るきれいな海ですよ。陛下も素潜りじゃなくてダイビングで深く潜って海の底を眺められると、人生観変わりますよ」

 平成天皇は「はあ、人生観ですか」と言ったきり、うつむいてしばらく黙ってしまわれたという。

 石原慎太郎と言えば「失言の王者」といったイメージがあるが、もしかしたらアスペルガーの気があるのかもしれないな。


尾瀬
尾瀬沼


おすすめ度 : ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損