1984年未來社より刊行
2014年講談社学術文庫

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 イザベラ・バード(1831-1904)は、英国の旅行家、探検家、紀行作家。
 1878年(明治11年)の6月から9月にかけて、東京を起点に日光から新潟県へ抜け、日本海側を北上し北海道に至る旅をし、その見聞を『日本奥地紀行』にまとめた。
 
 本書は、著名な民俗学者である宮本常一が、『日本奥地紀行』を題材にして行った講義録をもとに編まれている。
 江戸時代の風俗が色濃く残る北日本の田舎を、一人の西洋人女性がどのように見たか。その見方の背景をなす要因はなにか。日本各地の風俗に詳しい宮本が解説してくれるところが、本書のミソである。

一人の外人が日本を見たその目は、日本人が見たよりわれわれに気付かせてくれることが多く、今われわれの持っている欠点や習俗は、その頃に根を下ろし、知らないうちにわれわれの生活を支配していることもよくわかるのです。(宮本)


 昔の日本および日本人、とくに庶民の生活ぶりを知ることの面白さは、現在われわれが持っている価値観や習俗が、ある特定の時代につくられた仮設のものであることを知るところにある。
 われわれが抱いている「日本人とはこういう民族だ」という自己イメージは、別の時代、別の場所に行けば、まったく適合しないものになる。日本人のDNAに書きこまれた縄文時代から綿々と続く性質――なんてものでは全然ないのだ。

 たとえば、今回のコロナ禍でしきりに言われた「日本人のきれい好き」。
 本書を読むと、まったくそれが当てはまらない事実に直面させられる。
 イザベラ・バードは行く先々で、蚤としらみに悩まされる。着たきり雀で、身体も着衣もめったに洗わない庶民の不潔さに閉口している。そうした不衛生が、さまざまな病気の温床になっていることを指摘している。
 
その大部分の病気は、着物と身体を清潔にしていたら発生しなかったであろう。石鹸がないこと、着物をあまり洗濯しないこと、肌着のリンネルがないことが、いろいろな皮膚病の原因となる。虫に咬まれたり刺されたりして、それがますますひどくなる。この土地の子どもは、半数近くが、しらくも頭になっている。(イザベラ・バード)

 むろん、こうした不衛生の背景にあるのは、貧困と無知である。
 
 ほかにも、「日本人は排他的」なんてイメージも再考する必要がある。
 イザベラ・バードはどこに行っても、あっという間に物見高い群集に取り囲まれ、注目の的にされてしまう。
 湯沢のまちではこんな有様である。
 
何百人となく群集が門のところに押しかけてきた。後ろにいる者は、私の姿を見ることができないので、梯子をもってきて隣の屋根に上った。やがて、屋根の一つが大きな音を立てて崩れ落ち、男や女、子ども五十人ばかり下の部屋に投げ出された。(イザベラ・バード)

 まるで、かぐや姫を垣間見んとするスケベな男達のよう(笑)。
 外人を見たことのない者ばかりなのだから仕方あるまい――と理屈づけたい向きもあろうが、そうとばかり言えないのは、このあと北海道でアイヌの村に入ったとき、「イザベラ・バードが行っても皆が物見高く集まるということはなく、無関心である」。
 江戸時代に黒船がやってきたときも、幕府は神経をとがらせ警戒したけれど、庶民は「久里浜沖に泊まった船の間を全然警戒なしに漕ぎ回って」いたという。
 日本人は子どものように好奇心むき出しで、見知らぬ相手を「敵」ととらえず、まずは興味と感心をもって受け入れるところがあったのだ。
 
私の心配は、女性の一人旅としては、まったく当然のことではあったが、実際は、少しも正当な理由がなかった。私はそれから奥地や北海道を1200マイルにわたって旅をしたが、まったく安全で、しかも心配もなかった。世界中で日本ほど、婦人が危険にも無作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと私は信じている。(イザベラ・バード)
 
 この安全神話は、かなり劣化したとはいえ、今でも有効であろう。

 


おすすめ度 : ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損