2017年原著刊行
2019年創元推理文庫
昨年、シャーロック・ホームズもののパスティーシュ『絹の家』(2013年邦訳)を読んで、はじめて知った英国作家である。
実は、『絹の家』の後に翻訳された『カササギ殺人事件』、本作、そして今秋刊行されたばかりの『その裁きは、死』の3作が、3年連続で「別冊宝島このミステリーがすごい!」と「週刊文春ミステリーベスト10」の外国作品ベスト1に輝いている。
まさに今、世界のミステリー界を牽引し、日本でも話題沸騰の人気作家なのであった。
『絹の家』ですでに証明されていたが、この作家はプロットづくりがたいへん上手い。
読者のツボを心得て飽きさせない語り口、卓抜な構成力、さりげない伏線の配置と回収、ほど良い息抜きシーン挿入、ここぞと言うところで冒険小説風のスリルとサスペンス。
いったん読み始めたら、ページをめくる手が止まらなくなった。
スティーヴン・キングを思わせる一級のエンターテイナーである。
それもそのはず、この作家は英国の人気TVドラマ『名探偵ポワロ』、『バーナビー警部』、『刑事フォイル』の脚本家として知られた人なのであった。
それ以前にも、ヤングアダルト向けの「女王陛下の少年スパイ! アレックス」シリーズで英国では子供たちの幅広い人気を得ていたようだ。
物書きとして十分な実力と名声を身につけた上での大人向けミステリーデビューが、『絹の家』だったのである。
と、作者の履歴を記したのはほかでもない。
実はこの作品、ホロヴィッツ自身を語り手とする、一見ノンフィクションの形を取っているフィクションだからである。
映画・TV業界で活躍するホロヴィッツの脚本家としての日常がそのまま描き出され、彼のこれまでの経歴が語られ、『絹の家』を含めこれまで制作に関わった作品名が次々と出てくる。
スピルバーグ監督や『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソン監督が実名で登場し、ホロヴィッツと新企画の映画について検討するシーンが出てくる。
ホロヴィッツの家族も顔を出す。(妻と二人の息子がいるらしい)
こういった作者の周囲の現実世界を舞台に設定した上に、殺人事件と推理ドラマいうフィクションを載せている。
虚実入り乱れの面白さ!
そして、「虚」の部分では、ホームズばりの観察眼と推理力そして偏屈ぶりを発揮する元警部ホーソーンという“一匹狼型”名探偵を創造し、ホロヴィッツ自身は頭の鈍いワトスン役に甘んじる。
そして、「虚」の部分では、ホームズばりの観察眼と推理力そして偏屈ぶりを発揮する元警部ホーソーンという“一匹狼型”名探偵を創造し、ホロヴィッツ自身は頭の鈍いワトスン役に甘んじる。
相性がいいのか悪いのか(今のところ)分からない二人の関係性が面白い。
ホーソーンは激しいホモフォビア(同性愛嫌悪)の持ち主なのだが、その理由が気になるところだ。
ホーソーンは激しいホモフォビア(同性愛嫌悪)の持ち主なのだが、その理由が気になるところだ。
「実」の部分では、なんといっても映画・TV業界のことなら何でも知っている海千山千のベテラン脚本家である。業界の内輪ネタが読者の好奇心をそそらないわけがない。
どこまでが事実で、どこからが創作か。
それを探るのも一興である。
推理小説としてもよく出来ている。
犯人探しに必要な情報をしっかり読者に与えつつ、読者を誤った推理におちいらせる撒きエサ、いわゆるレッドへリング(red herring、赤いニシン)もたくみに仕掛け、一方、犯人には動機と機会をしっかり用意している。
ホーソーンの推理も納得ゆくもので、すべてが解き明かされていくラストの気持ち良さはクリスティやクイーンといったミステリー黄金期の古典を彷彿とする。
重厚で悲惨で残酷なものが多い昨今人気の北欧ミステリーに比べ、全体に明るく軽やかな雰囲気なのも読みやすさの秘訣だ。
個人的な嗜好だが、英国が舞台なのもポイント高い。
現代の英国社会の世相が垣間見えるのが興味深い。
個人的な嗜好だが、英国が舞台なのもポイント高い。
現代の英国社会の世相が垣間見えるのが興味深い。
物語の中のホロヴィッツは、ホーソーンの元同僚であるメドウズ警部――ホームズものに出てくるレストレード警部にあたる役どころを担う――に、ホーソーンのゲイ嫌いの理由を尋ねる。
メドウズ警部は「知らない」と言った後、次のように付け加える。
メドウズ警部は「知らない」と言った後、次のように付け加える。
「きょうび、警察じゃ誰も自分の意見なんか口にしない。ゲイや黒人についてなにかうっかりしたことを言おうもんなら、その場で首になりかねんからな。このごろじゃもう、“マンパワー(労働力)”なんて言葉も、男女平等に配慮して言いかえなきゃならん。十年前なら、何かまずいことを口走っちまっても、ぴしりと引っぱたかれるくらいですんだ。それだけで、後を引くことはなかったんだ。だが、きょうび、ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)は一介の警察官より重要ってわけさ」
ソルティは、半分くらいで犯人が分かった。
動機も推測できた。
「損傷の子に会った、怖い」という、最初の被害者が残したダイイングメッセージの意味も見当ついた。(ソルティは英文学が好きなので)
物語の最後の最後に明かされる、ホーソーンがホロヴィッツを自分のワトスン役として巻き込むために仕掛けた姑息なトリックも、早い段階で見抜けた。
すなわち、途中から謎はなくなった。
それでも、まったく飽きることなく楽しく読み続けられたというところに、かえってこの作家の筆力のほどを感じたのである。
次は、『カササギ殺人事件』を借りよう。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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