2007年講談社

 「みつくり やへい しょうでんき」と読む。

 大正末期の秋田の片田舎の平和な村で、日本古来の農具の一つである箕を作っては売り歩いている、愛すべき熱血青年・田辺弥平の青春物語である。
 熊谷達也ははじめて読んだ。

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 同じ熱血青年の青春記(ビルディングストーリー)であっても、漱石の『坊ちゃん』とは味わいが異なるのは、この小説が差別問題を扱っているからである。
 長い間、箕作りは、関東以南の地では「サンカの仕事」として忌み嫌われ、厳しい蔑視と差別を受けてきたのである。

 箕作りの村の箕作りの家に生まれ育った弥平は、長じるとともに素晴らしい腕を身につけ、また失敗を重ねながらも次第に行商のコツを覚え、一人前の職人になっていく。
 ある時、販路拡張のために親友と共に意気揚々と南下し、利根川を渡り関東平野に入ったものの、弥平たちの箕は全然売れない。
 どころか、あちこちの家や店先から毛虫のように追い払われ、あげくのはてに不審者として警察に捕まり留置されてしまう。
 そこではじめて弥平は、箕作り職人が謂れのない差別を受けている現実を知る。
 当地の被差別部落に住む箕作りの一家とひょんなことから知り合った弥平は、一家の娘で口のきけないキヌに一目惚れし、結婚を考えるようになる。
 が、全国で高まりつつある部落解放運動の気運を面白く思わない周辺住民たちは、ある晩、キヌ一家の住む部落を集団で襲い、焼き討ちにかける。

 どこかで聞いた話と思ったら、最後の部落襲撃エピソードは、大正14年に群馬県で実際にあった世良田村事件をモデルとしているようだ。関東大震災時に千葉県福田村で起きた行商殺害事件――香川県から来た行商グループが“朝鮮人”と間違われて村人に虐殺された――についても触れられている。
 どちらの事件も、筒井功の『差別と弾圧の事件史』(河出書房新社)に取り上げられていた。

 事件後にキヌの一家は村と家を捨ててしまう。
 弥平の初恋は実を結ばず、結末はハッピーエンドとはいかない。
 絵物語を許さぬ厳しい現実があった。

 頑固で短気で涙もろい主人公・弥平が魅力的。
 生まれつき片ちんばの足をヒョコヒョコ引きずりながら、箕作り職人としての誇りを胸に歩く姿が目に見えるようだ。
 職業に貴賤はない。
 大切なのは、自分のやっている仕事に誇りを持つことだ。



おすすめ度 : ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損