2015年 Production I.G 制作
90分、カラーアニメ

 江戸末期の浮世絵師・葛飾北斎とその娘お栄を主人公とする風俗ドラマ。
 原作は杉浦日向子の漫画。
 ちなみに、「さるすべり」と読む。

百日紅とお堂
さるすべり

 アニメの質の高さについてはもう、言うも愚か。
 風鈴、虫の声、せせらぎ、風の音、物売りの掛け声など、江戸の季節感あふれる音声も良い。
 特段、ドラマチックな話ではないが、絵師の生活と江戸の風俗が淡々と丁寧に描き出されている秀作である。

 杉浦の原作漫画を読んでいないので比較はできないものの、少なくともこの映画の中心テーマは、葛飾北斎やお栄を中心とした実在の浮世絵師の評伝というよりも、「家族」にあると思う。
 つまり、杉浦と同じ漫画家・一ノ関圭の『茶箱広重』や『鼻紙写楽』のような芸術家の肖像を描くことを狙いとした芸道ものではなく、葛飾北斎と妻と娘二人をめぐる「ある一家の物語」といった側面が強い。
 北斎は、絵に命をかける偉大な芸術家ではなしに、末娘の病と死におびえる気弱な父親として登場する。
 そこが、平成・令和の現代にも、有名人でも芸術家でもない庶民にも通用し、理解し得る部分である。
 
 原恵一監督は、涙なしには観られない初期の傑作『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』(2001年)を筆頭に、『カラフル』(2010年)、若き木下惠介を描いた実写映画『はじまりのみち』(2013年)など、家族の絆をテーマにしたものが多い。
 この作品もその流れを汲んでいる。
 おそらく、原恵一監督自身、温かい家庭に子供時代を送ったのであろうし、その作品はいつも、原が尊敬する二人の先輩作家――家族を描いて卓抜なる小津安二郎と木下惠介に対するオマージュになっているのであろう。

 ところで、作中、お栄が処女を捨てるために男を買いに行くシーンが出てくる。
 そこが陰間茶屋であると、すぐ分かる人はどれだけいるだろう?
 

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おすすめ度 : ★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損