1938年松竹
66分、白黒

 同じ監督による『風の中の子供』、『みかへりの塔』にも言えることだが、戦前の作品にもかかわらず、画質がまずまず良い。
 保存状態が良かったのであろう。
 ありがたいことだ。

 この画質の良さによって、着物姿の高峰三枝子の美しさが映える。
 二十歳とはとうてい思われない落ち着きと気高さ。
 デビュー間もない頃であり演技はお世辞にも巧いとは言えないけれど、どことなく陰あるたたずまい、愁いを含んだ眼差し、挙措の品の良さは、この映画の薄幸のヒロインをして高峰三枝子の名を永遠に映画史に残らしめる。
 そぼふる雨の中、唐笠差して振り返った女のはかなさに、胸を突かれない者がいるだろうか?
 湯治場を去る馬車の中、見送りに来た人々に向ける女の哀しさに、心騒がない者がいるだろうか?
 この名シーンに匹敵するものとして、わずかに『天城越え』(1983年松竹)の田中裕子を思い出すのみである。
 女は日陰者であった。

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 温泉地から温泉地へと旅をする按摩の青年・徳市(=徳大寺伸)の片恋を描いた一篇。
 恋慕する相手は、東京から来た正体不明の女。
 浮浪者と盲目の少女との交流を描いたチャップリンの『街の灯』(1931年)を思わせるメロドラマで、ユーモラスでとぼけた味のあるところもよく似ている。
 盲目の徳市が杖を突きながらひょこひょこ歩いている姿は、ステッキを振り回すチャップリンさながら。
 ヴァイオリンを効果的に入れた伊藤宣二の音楽もまた、かの作品に通じている。
 清水監督は『街の灯』に影響されてこの作品を作ったのではなかろうか。
 
 「人生の10本」に入れたいくらいの珠玉の名編と言いたいところだが、なんとなく引っかかるものがある。
 それは、高峰三枝子のあの麗しい着物姿も、湯治場を去る馬車が小さくなっていく光景も、山里の美しい自然も、主人公である徳市の目には見えないからである。
 映画を観ている我々に見えているすべてが、肝心の徳市には見えていないという事実が、この映画を「美しい」と単純に言い切ることに抵抗を感じさせる。
 徳市の心の中に見えている映像と、我々鑑賞者がスクリーン(モニター)に見ている映像とはまったく異なっている。
 風景も、恋慕する女の姿も、肝心の徳市自身の姿さえも!
 目あきと目くら――二つの世界は隔たっている。
 そのことが、単純に徳市の心に入って共感することにためらいを覚えさせるのだ。

 この映画は2008年に『山のあなた~徳市の恋』(石井克人監督)というタイトルでリメイクされている。
 徳市は草彅剛が演じ、東京から来た女は元モデルのマイコ、妻夫木聡の奥さんである。
 



おすすめ度 : ★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損