2017年原著刊行
2018年創元推理文庫

 外は雨、静かな室内、心地よい座椅子。
 熱い紅茶とポテトチップス。
 ティッシュペーパー(指についた油分を拭う)。
 そして、買ったばかりの(借りたばかりの)ミステリー。
 これって、最高の組み合わせじゃない?
 
 ――と、本書『カササギ殺人事件』の出だしをパロってみた。

 が、マジで、小学生の時に図書室で借りるポプラ社の明智小五郎やシャーロック・ホームズや怪盗ルパンのシリーズにはまって以来、ソルティの人生における至福の瞬間は、上記の通りであった。
 これが中学生になると金田一耕助やエラリー・クイーン、高校生になるとエルキュール・ポワロやファイロ・ヴァンス、大学生になるとブラウン神父やミス・マープル・・・・・と熱中対象がどんどん増えていき、紅茶&ポテトチップスの組み合わせが、ビール&柿ピーや赤ワイン&チーズクラッカーに変わっていくのであるが、半世紀以上生きてきた今でも、結局、手軽に入るテッパンの至福の瞬間は、カウチポテトでミステリーを読んでいる時である。
 次点で、映画を観ている時か。
 ひとり上手なのだ。

 とりわけ、同じミステリーでもいわゆる本格物に目がない。
 奇想天外なトリック、名探偵による推理、意外な結末の3点セットが揃っているタイプだ。
 アンソニー・ホロヴィッツは『絹の家』、『メインテーマは殺人』でも見せてくれたように、本格物の王道を歩んでいる。
 しかも、高いレベルで。

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 本作と来た日には、名探偵アティカス・ピュントが活躍する本格ミステリー「カササギ殺人事件」の作者アラン・コンウェイの墜落死の謎をめぐる本格ミステリーという、入れ子構造の劇中劇。
 上巻は編集者スーザンの序文をのぞいた丸々一冊が、コンウェイの遺作となったフィクション「カササギ殺人事件」の未完原稿に当てられ、下巻はそのコンウェイの突然死の謎と失われた原稿の行方を探る“現実世界”における素人探偵スーザンの活躍が描かれる。
 劇中劇(フィクション)の中に殺人があり謎があり真犯人がいて、劇(現実世界)の中にも殺人があり謎があり真犯人がいる。
 つまり、本格の二乗。
 薬師丸ひろ子主演の映画『Wの悲劇』を思い出した。
 
 しかも、アティカス・ピュントはエルキュール・ポワロを彷彿とするチビの外国人(非英国出身)で、コンウェイの小説にはアガサ・クリスティからの引用やパロディがあちこちに散りばめられている。
 コンウェイの死の謎解きをめぐってスーザンが出会う証人の一人は、なんとアガサ・クリスティの孫マシュー・プリチャード(実在人物である)という手の込みよう。
 ここでも、『メインテーマは殺人』同様、現実と虚構を入り混じらせるホロヴィッツの遊び心が垣間見られる。
 この小説自体が、アガサ・クリスティへのオマージュであり、本格ミステリーを愛する全世界の人々に対する著者からの挑戦状兼ラブレターのようなものなのだ。

 最後には、スーザンは奇抜なトリックを見抜き意外な犯人をつきとめ、身の危険を賭して事件を解決に導く。
 と同時に、コンウェイ作「カササギ殺人事件」の解決部分の原稿も見つかって真犯人が明らかにされ、名探偵アティカスは『カーテン』のポワロのごとく、恰好よくこの世を去る。
 “現実世界”も劇中劇も無事、大団円にいたる。
 
 こうした構成の卓抜さ、プロットの面白さ、遊び心、読者に対する公明正大さ。
 本格ミステリー好きなら誰もが驚嘆し、喝采し、愛好するところであろう。
 今回は紅茶&グリコ PRETZ とともに至福の時をもらった。

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 ソルティはホロヴィッツが仕掛けた2つの謎(“現実世界”と劇中劇)のうち、“現実世界”の謎、すなわちアラン・コンウェイ殺人事件の真犯人とトリックは途中で見抜くことができた。さすがに動機までは推測つかなかったが。
 一方、劇中劇である「カササギ殺人事件」の真犯人は最後まで分からなかった。
 負け惜しみのようだが、こちらのほうは手掛かりが少なくて推理しようがなかった。
 最終場面でアティカスの披露する推理は、なるほど筋は通っているが、当てずっぽうという感は否めない。意外性も少ない。
 いっそのこと、人生に幕(=カーテン)を閉じるアティカスを真犯人にしてしまえば、クリスティへのオマージュとしてはさらに完璧になったであろう・・・・。
 


 
おすすめ度 : ★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損