2018年文藝春秋

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 映画史研究家・春日太一による岩下志麻へのインタビュー。
 岩下の出演した映画(一部テレビ)の代表作について、ほぼ時系列に沿って、当時を振り返っていく。
 映画撮影時の個人的な生活事情、演技上の苦労や発見、監督や共演者との様々なエピソード、それぞれの作品や役柄に対する思い入れや自己評価など、簡潔ながらもポイントを抑えたやりとりが交わされる。
 なので、本書は岩下志麻の女優としての歴史や功績をたどっているばかりでなく、岩下志麻の自分史でもあり、一人の女優が見たおよそ1960~2000年の日本映画界史であり、岩下と春日の共同作業による一個の映画評論でもある。

 インタビュアの春日の映画に関する知識や記憶も凄いが、ひとつひとつの問いに対し、客観的な視点を持って的確に、大らかに、気品をくずさず答える岩下の知性も素晴らしい。
 気の強い女、狂った女を演じて見事な女優なので、素顔もまたそれに近いデモーニッシュなところ、エキセントリックなところ――たとえば山田五十鈴とか太地喜和子とか加賀まりことか桃井かおりのような――があって、インタビュア泣かせなのではと思ったら、まったく違った。
 理知的で、穏やかで、サービス精神豊かな人なのである。
 考えてみたら、岩下志麻には旦那の篠田正浩以外の男との浮いた話がない。
 役の中で、女としてのもろもろの欲望を発散していたのかもしれない。

 インタビュアの春日は、専門的になりすぎず、ミーハーにも陥らず、かといって表面的になることもなく、絶妙なバランスで問いを発し、岩下の話を引き出している。
 ソルティのような映画好きが、まさに聞いてほしい(=知りたい)と思うポイントを外さずに、相手(岩下)に失礼にならぬ範囲で触れていくインテリジェンスが光る。
 『悪霊島』の自慰シーンは岩下自身の提案だったとか、『この子の七つのお祝いに』の増村演出とは合わなかったとか、『心中天網島』では自ら5000枚のチケット売りもしたとか、『疑惑』の桃井かおりの「あんたの顔って見ればみるほど嫌な顔しているね」はアドリブだったとか、面白いエピソードにワクワクした。

 映画とは関係ないけれど、岩下に訊いてほしかった問いがある。 
 「岩下は森茉利をどう思っていたか?」――である。
 森鴎外の娘である作家の森茉利(1903-1987)は、かつて『週刊新潮』に『ドッキリチャンネル』というエッセイを連載していた。
 その中で森は、たびたび岩下志麻を痛烈に批判していた。
 「岩下志麻は美人を鼻にかけている」、「岩下志麻は高慢ちき」、「演技もまずい」といった案配で、実のところ、批判というより悪口に近かった。
 それを読みながら、「こんなことを書かれて、岩下志麻はどう思っているのかなあ?」と、なぜかハラハラしたのである。
 二十歳の時分であったが、志麻サマのファンになりかけていたのだろう。
 

 
おすすめ度 : ★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損