1957年東宝
110分、白黒

 シェークスピアの『マクベス』を日本の戦国時代に置き換えた黒澤映画の傑作。
 やはり、何と言っても城の奥方・浅茅ことマクベス夫人を演じる山田五十鈴が凄い!

 もちろん、終始一貫して底知れぬ男性的磁力と迫力とを見せる三船敏郎のマクベス(=鷲津武時)も、幽玄なる不気味さを醸し出す“おちょやん”こと浪花千栄子の魔女も、主役を引き立てつつ独特な存在感を醸す千秋実のバンクォー(=三木義明)もそれぞれに素晴らしい。
 だが、観終わった後、悪夢のように脳裏に残り続けるのは、山田五十鈴の怪演とくに狂気のシーンである。
 映画史の中でこれに匹敵する女優の演技は、『サンセット大通り』のラストのグロリア・スワンソンだけであろう。
 国内外問わず、どれだけの名だたる女優がこの映画に出演できた山田を羨ましく、かつ妬ましく思ったことやら。
 
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この手の染みが落ちないんだよ~


 国内の女優で山田以外のだれがよくこの役をこなせるだろう?
 杉村春子?
  ――むろんできる。ただ、どうしたって美しさでは劣る。
 岩下志麻?
  ――適役である。ただ、演技過剰で黒澤映画の雰囲気を壊しかねない。
 若尾文子?
  ――観てみたい。ただ、若尾の狂気は内に籠らず、外に向かって行動として爆発するほうが合っている。
 高峰秀子?
  ――いいかもしれない。が、三船には喰われそう。
  ――これもはまり役。が、独特過ぎて一人だけ作品から浮いてしまうかも・・・。

 山田の浅茅ことマクベス夫人には、幼い頃から常磐津、長唄、清元、日本舞踊などの伝統芸能をしっかり身に着けてきたゆえの時代劇役者としての所作や声音や立ち居振舞いやリズム感が備わっているうえに、山田自身の波乱の人生や芸に対する異常なまでの執念と重なり合うことで、マクベス夫人が陥る“狂気”に必然性がもたらされる。
 山田五十鈴という怪物キャラが、マクベス夫人とオーヴァーラップするのだ。
 そこが強みである。

 というのも、原作でシェークスピアはマクベス夫人の陥る狂気にこれといった原因を設定していないからである。
 一幕から三幕までは田中真紀子か蓮舫か小池百合子ばりの気の強さを見せていたマクベス夫人が、出番のない四幕をはさんで、五幕のっけからいきなり狂った様子で登場する。
 その不条理な転身ぶりが面白いと思う一方、「幕間で彼女になにがあったのだろう?」と、この劇を読んだり観たり聴いたりするたびに不思議に思うのだ。
 狂気というものを天の仕業とみなしていた中世の観客なら別段そこになんの不思議も思わなかったのだろうが、精神医療の時代に住む現代人はやはり何らかの理由を求めてしまう。
 
 黒澤は、マクベス夫人が城の跡取りとなる子供を懐妊し、死産してしまうという理由を用意する。
 見事な解釈である。
 そこに山田五十鈴の怪物キャラが合わされば、狂気も自然となる。

 ソルティは、記録に残っているマクベス夫人の両横綱は山田五十鈴とマリア・カラスだと思うが、マリア・カラスの場合もまた、圧倒的な声と歌唱術のみならず、我儘プリマドンナの横綱でもあったその怪物キャラが、マクベス夫人を演じるにあたってものを言っていた。少なくとも現在、山田やカラスのマクベス夫人を観たり聴いたりするときに、演者自身の人生やキャラクターと重ね合わせずにはいられないのである。
 



おすすめ度 : ★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損