1997年原著刊行
2000年創元推理文庫(押田由起・訳)

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 ジューン・トムスン(1930- )は、イギリスの推理作家。
 ジャック・フィンチ主席警部シリーズが代表作だが、邦訳されているのはいまのところ2作品だけ。
 むしろ、筋金入りのシャーロキアンを証明してあまりあるシャーロック・ホームズの贋作(パスティーシュ)短編シリーズが有名である。
 邦訳は1991年に出版された『シャーロック・ホームズの秘密ファイル』を皮切りに、『シャーロック・ホームズのクロニクル』、『シャーロック・ホームズのジャーナル』と続き、本作が4作目である。
 いまや、贋作ホームズものの第一人者と言ってもいいのではなかろうか。

 ソルティは本作がはじめてであるが、実は読了後に解説を読むまで、男性作家とばかり思っていた。
 言われてみればジューンはたしかに女性名なのだけれど、名字のトムスンが男性っぽい響きなので、男だと勘違いしていたのである。
 それに、本シリーズのような、コナン・ドイルの“聖典”を彷彿とさせる正統な形式――時代設定は原作そのまんまで助手のワトスン博士の語りによる一人称体――の短編集は、どちらかと言えば男性作家のほうが得意なのではないかと思っていた。語り手は男で、主として男同士(ホームズ&ワトスン)の日常が描かれるからだ。
 ジューン・ワトスンが女性作家と知って意外でもあったし、読んでいる間は女性の手によるものとは感じさせない自然さがあったので、筆力に感心した。

 “聖典”と比べるのは酷というものだが、むろん、犯罪トリックの奇抜さやホームズの推理の鋭さは到底かなわない。
 が、時代考証がしっかりしていて19世紀英国の雰囲気が味わえるし、ジューンの緻密で熱心な研究により“聖典”との整合性も見事にとれている。
 ストーリーもなかなか面白い。とくに、女性が犯人である作品群に、“聖典”とは違った微妙なニュアンス(たとえば同性ならではの容赦なさ)がたくし込まれている。
 前言と矛盾するようだが、そこはやはり女性作家ならではの視点を感じる。

 しばらく楽しめそう。