2020年オーストラリア
133分

 レンタルショップのサスペンスコーナーに置いてあり、猟銃を手にした若い女性が森を駆けるパッケージデザインから、サイコパス看護師による大量殺人スプラッタホラーを予想していた。
 ところが、蓋を開けてみたらまったく違って、正統なる歴史物にして社会派ドラマであった。
 ナイチンゲールという題名は白衣の天使とは関係なく、美しい声を持ち、唄うのが上手な主人公クレアにつけられた渾名から来ている。
 ジェニファー・ケントはオ-ストラリア生まれの女性白人監督。

鶯
ナイチンゲールとはウグイスのこと


 舞台は19世紀オーストラリアのタスマニア島。
 英国による植民地支配の下、原住民アボリジニは残虐な仕打ちを受けていた。
 盗みの罪で当地に流刑されたアイルランド人のクレアは、英国軍将校ホーキンスとその手下にレイプされ、目の前で夫と赤ん坊を殺される。
 武装したクレアは原住民の男ビリーを雇い、駐屯地を離れ街に向かったホーキンスら一行を追う。
 復讐の旅が始まる。
 
 この映画には二つのマイノリティ問題が絡んでいる。
 一つは、英国人によるアボリジニ支配に象徴される近代文明社会による先住民迫害であるが、映画の中では詳しい時代背景は語られない(いつの時代の、どこの国の話か観る者には明らかにされない)ので、抽象化されて「白人による黒人差別」という面があぶり出される。黒人の代表がビリーである。
 今一つは、男性による女性支配である。とりわけ、すさまじい性暴力が描かれる。女性の代表がクレアである。
 黒人差別の被害者ビリーと女性差別の被害者クレア、マイノリティの二人が、支配者にして加害者たる白人男性への怒りを胸にタッグを組んで復讐の旅をする、というのが主筋なのである。

 
アボリジニ
アボリジニの男
 

 むろん、白人であるクレアもまた黒人に対する差別意識や偏見は持っており、ビリーから見れば支配者の一員に過ぎない。同時に、クレアから見れば男であるビリーは、決して気の許せない潜在的レイプ加害者である。
 二人の旅は、こうした二つの差別構造のバランスのもと、非常に緊張感みなぎるところから始まる。
 白人で女性のクレア、黒人で男性のビリー、属性や立場の異なる両者が厳しいジャングルの旅を続ける中で、次第に互いを理解するようになり、レッテルを越えたところで友情が結ばれていく。
 その点で、この作品は他者との邂逅の物語でもある。
 
 この映画は第75回ヴェネツィア国際映画祭で審査員特別賞を受賛しており、高い評価が与えられている一方、賛否両論激しく、拒絶反応を示す観客も多かったという。
 むろん、目をそむけたくなるような暴力シーンやレイプシーンはある。
 しかし、拒絶反応の正体は、観る者のうちに生じる“疚しさ”にあるのではないかと思う。
 つまり、観る者が白人である場合、あるいは男性である場合、加害者である白人一味のあるいは男性一味の一員である自分が一方的に責められているような気分になって、上映中席を立ちたくなるような拒絶反応が生じるのではないかと思う。
 白人でもなくヘテロの男でもないソルティはまったく拒絶反応は生じず、むしろ、クレアとビリーの味方となって二人の復讐の成就に留飲を下げることができた。
 白人ヘテロ男性にあっては、これを冷静に観ることのできる者はむしろ少ないかもしれない。
 
 『マンディンゴ』と同じく歴史上の黒人差別、女性差別の実態を暴き出し、人間性の残酷面を赤裸々に見せる超ド級の非ヒューマンドラマであるが、マイノリティ同士の連帯と勝利を描いている点で、少なくとも『ナイチンゲール』には希望と愛とがある。
 
 

おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損