2011年イギリス、フランス、イタリア
128分

 GEO(ゲオ)のサスペンスコーナーに置いてあったスパイ物なので、サーカスを隠れ蓑にした国際的な犯罪組織をめぐる捕物帳かと思った。江戸川乱歩まがいの・・・・。
 そのうちに大テントが出てきて象やピエロや空中ブランコの美女が客席を賑わすなか、追う者と追われる者の手に汗握るアクションシーンが始まると思っていたら、どこまで行ってもオフィス街から離れることはなく、スーツ姿の地味なオヤジたちのやりとりが続く。


サーカスのテント


 裏切られた(笑)
 サーカスとは、かつての英国秘密情報部 M I 6の通称だったのである。
 原作はスパイ小説で有名なジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』。
 ソルティはジョン・ル・カレは読んでいない。

 全般に丁寧なつくりで映像センスも良く、英国らしい落ち着いた品がある。
 役者の重厚感も素晴らしい。
 しかし、難解である。
 前もって原作を読んでいる人ならともかく、一度見るだけでストーリーを理解できる人は多くないだろう。
 007やジェイソン・ボーンのような分かりやすいスパイアクションを期待して観始めると、途中で脱落しかねない。
 
 東西の冷戦構造を背景にしたイギリスとソ連のスパイ合戦というあたりはすぐに理解できるが、スパイ物はその性質上、隠された人間関係や秘められた過去のエピソード、正体不明な人物、複雑な政治情勢などが錯綜するので、よほど整理して手際よく語っていかないと、観る者は混乱するばかりである。
 なのに、この映画は説明が不親切なのだ。
 誰と誰がどういう関係なのか、誰が誰の指令で動いているのか、よく分からない。
 時間軸もあちこち飛ぶので、物語の流れが把握しにくい。
 場面も次々変わる。
 説明ゼリフがほとんどないのはリアリティ重視の観点から悪くないとは思うが、ナレーションもなければ、シーンの時や場所を教えてくれるキャプションもつかないので、物語を頭の中で組み立てるのに困難が生じる。
 たとえば、これを主人公の諜報員スマイリー(=ゲイリー・オールドマン)の回想譚という設定にすれば、スマイリー自身に適宜ナレーションを入れさせ、状況や人物について解説や注釈を入れることができる。
 そうすれば、観る者にとって分かりやすいものになったはず。
 ハリウッドだったらそうしたかもしれない。
 そういう手段を取らず、あくまでリアルタイムの話に徹したところが、ヨーロッパ映画らしいと言えなくもない。
 すなわち、観る者の読解力に挑む作品である。


IMG_20210527_181731
ゲイリー・オールドマン


 その最たるものが、この作品に含まれるLGBT色だろう。
 時代が時代(1960~70年代)なのでそこははっきりと明示されていないが、この映画にはゲイやバイやレズビアンが登場する。
 多くの鑑賞者はそこに気づかないのではなかろうか?
 ほんの数カット、ほんの数行のセリフで、それは暗示されているので、勘のいい人でないと見過ごしてしまうであろう。
 たとえば、スマイリーの腹心の部下ピーター・ギラム――演じているのは『SHERLOCK(シャーロック)』で有名になったベネディクト・カンバーバッチ――はゲイである。スマイリーに「身辺の整理をしろ」と言われて、教員をしている男性の恋人に別れを告げるシーンがある。
 それこそほんの数カットとセリフ2つ、3つである。
 それでもこれはまだ分かりやすいほうで、M I を首になった元ソ連分析官コニー・サックスはレズビアンであろうし、ハンガリーで狙撃されて障害者になった M I 工作員ジム・プリドーはゲイであり、M I 幹部の一人ビル・ヘイドンとかつて恋仲にあったことが匂わされる。
 そのビル・ヘイドンは男も女もOKのバイであろう。
 この映画自体が、隠されたLGBT映画と言えるかもしれない。
 クローゼットという点で、スパイとLGBTは近親性があるのだ。

 役者の顔触れも壮観。
 主役のゲイリー・オールドマンの渋さ、ビル・ヘイドン役のコリン・ファースの艶やかなオーラと演技の巧さ、『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』で実力のほどを世界に知らしめたトム・ハーディはここでは金髪の美青年である。M I のリーダーを演じるジョン・ハートの前身はあの懐かしき『エレファント・マン』だ。身長163cmのトビー・ジョーンズは特異な容貌で印象に残る。


IMG_20210527_181032
男も女も魅了するコリン・ファースの笑顔
 

 トム・ハーディ演じる M I 工作員とロシアの女スパイのエロティックシーンはあるけれど、二人が結ばれることはなく、全般に男ばかりの味気ない世界である。
 それがなぜか米国のようにマッチョな感じにならないのが英国の不思議なところ。
 米国の男は社会で幅を利かせるために金と力を必要とするが、階級社会の英国では男のステイタスは生まれたときにある程度決まってしまうからだろうか。
  
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損