2021年フォレスト出版

認知バイアス事典

 一般にバイアス(bias)とは、織り目に対して斜めに切った布の切れ端のことで、そこから「かさ上げ・偏り・歪み」を指すようになった言葉である。
 よく耳にする「バイアスが掛かっている」という言い方は、「偏った見方をしている」ときに使う。
 「認知バイアス(cognitive bias)」とは、偏見や先入観、固執断定や歪んだデータ、一方的な思い込みや誤解などを幅広く指す言葉として使用されるようになったわけである。

 本書には、我々がはまりやすい認知バイアスが3分野に分けて各20個ずつ、計60個紹介されている。 
  1. 論理学系バイアス・・・早まった一般化、希望的観測、「お前だって」論法、信念の保守主義 e.t.c.
  2. 認知科学系バイアス・・・サブリミナル効果、吊り橋効果、デジャビュ、迷信行動 e.t.c.
  3. 社会心理学系バイアス・・・ステレオタイプ、チアリーダー効果、同調バイアス、バンドワゴン効果 e.t.c.
 いずれも、「ああ、言われてみれば確かにそういうことあるよな~」と自らや周囲に当てはまるものばかり。
 人間は良くも悪くも(ほぼ無意識に)自分をだまし、それによって他人をもだます生き物なんだとつくづく思う。

 必ずしもそれは悪いことばかりではなく、進化の過程で、あるいは仲間や社会をつくる(その中で生き残る)上での方便として、必要があったゆえに身についたものでもある。
 たとえば、昨今よく言われる日本人の“悪しき”同調圧力の強さは、集団作業や助け合いが欠かせない稲作文化の長い伝統と関係しているであろう。
 スポーツ選手のジンクスや受験生の合格祈願のお守りなどは、科学的な因果関係は立証できなくても、当人がそれによって精神的安定が図れて良い結果につながるのならば、「効果があった」と言って差し支えないだろう。いわゆるプラシーボ効果である。
 ロバート・ライトが、『なぜ今、仏教なのか――瞑想・マインドフルネス・悟りの科学』の中で述べているように、「脳はなにより、私たちに妄想を見せるように設計されている」のである。
 
 問題は、バイアスが他人に対する差別やいじめにつながる場合である。
 というより、ほとんどの差別やいじめはバイアスが原因で、あるいは自分がある特定のバイアスにはまっていることに気づかないがゆえに、起こっている。
 
 その人たちは、たくさんのバイアスがあることも、人が無意識にそれに陥ってしまうことも、どのようなメカニズムで発生するかも知らない。そして、自分の中に存在するそのような認知的歪みが、差別につながっていることにも気づいていないのである。
 この場合、自分が差別をする側であるか、される側であるかは関係ない。そもそも「差別」をしている、されているという意識がないことすら少なくないのである。

 偏った考え方をする知人を「嫌なやつだ」と一蹴するのではなく、バイアスに陥っていることに気づいていないかもしれないと考えることが、呪縛を打ち破る第一歩となる。

 誰もが知っているとおり、他人を変えるのは難しい。
 いや、他人を変えようと思うこと自体が不遜なのではないかとすら思う。
 それよりは、自分の中にあるバイアスに気づいて、自分を変えるほうがたやすかろうし、それによって自らが自由にもなり他人に寛容にもなれるのだから、結構なことである。
 ベストセラーとなった『ファクトフルネス』同様、一読に値する本である。

 最後に、わかりやすいバイアスの例。

読売新聞社が5~7日に実施した全国世論調査で、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の橋本聖子会長が観客を入れた形での開催を目指す考えを示していることについて聞くと、「賛成」が45%、「反対」が48%と拮抗した。
調査によると、海外からのファンの受け入れに賛成している人はわずか18パーセントで、77パーセントが反対だった。
(読売新聞オンライン2021年3月7日記事より、ゴチックはソルティ付す)

 言うまでもなく、読売さんはこの時点で「開催ありき」だったわけである。 


 
おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損