1988~89年講談社より刊行
1994年文庫化

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 時代区分から言えば、昭和は明治・大正・平成・令和と一緒に「東京時代」という風に、後世の歴史家から括られるんだろうなあと思うが、「大化」から始まった元号の歴史において、64年は最も長い。
 2番目が45年の「明治」、3番目が35年の「応永」(南北朝時代)である。
 1979年に定められた元号法により「一世一元」となったので、おそらくこの先も昭和を超える長さの元号は現れないだろう。
 昭和は長かった。
 
 昭和天皇が亡くなる前後に日本中を覆った自粛モードは、今のコロナ禍以上のものがあった。
 テレビは連日連夜、昭和天皇の在りし日の姿を偲び、昭和時代を総括する番組を流し続けた。
 その際に、ある識者が指摘した言葉で腑に落ちたものがあった。

 「結局、昭和というのは、昭和20年(1945年)8月15日だ」

 戦後生まれで高度経済成長のさ中に育ったソルティでさえ腑に落ちたのだから、戦前・戦中生まれの人間ならまさしく「その通り」と実感したことだろう。
 昭和とは、何より戦争の時代、日本が敗けた時代だったのだ。
 戦後の40年は混乱と復興と成長と爛熟の時代であったけれども、そうした平和で豊かな日常の底には常に暗く重い「戦争」という言葉が響いていたように思う。

原爆ドーム


 水木しげるは大正11年(1922年)生まれで、平成27年(2015年)に亡くなった。
 昭和を丸々生きた人で、二十歳のときに徴兵され南方の激戦地に送られ、片腕を失いながらも奇跡的に生還した。
 戦後は餓死すれすれの極貧生活から出発し、漫画家としてブレイクし、妖怪ブームに乗ってマスコミの寵児となった。
 昭和を語る資格も経験も見識も十分に備えた人と言える。

 もちろん、語り手として、絵描きとしてのテクニックは言うまでもない。
 本作でも、歴史漫画として政治や社会や世相の変遷を正確を期しながら客観的に描くのと並行して、水木しげる自身の個人史として自身や家族や仕事など身の回りの変化をリアルかつ主観的に描いている。
 それが「社会v.s.個人」あるいは「権力v.s.庶民」の構造を浮かび上がらせ、「下から見た昭和史」とでも言うような、非常に読者の共感を呼ぶものになっている。
 昭和を彩る様々な事件の概要も、水木のオリジナル人気キャラであるねずみ男をナレーターとして登場させ顛末を語らせるなど、教科書のような説明調に陥らない工夫がなされている。
 全8巻をぶっ通しで読んで、昭和を旅した気分になった。

ビンテージラジオ


 「あとがき」で水木も述べているが、全8巻のうち6巻の半分くらいまでは戦争(日中戦争~太平洋戦争)一色に染められている。
 戦後の長さを思えば、配分としては不均衡である。
 だが、それだけ戦争は、社会(国)にとっても個人にとっても比重が大きいものなのだ。
 老人ホームで働いていた時、齢九十を超える高齢者がほかのどんなことより戦時中のことを細かく覚えていて生き生きと語るのに接し、「やはり、そういうものなのか・・・」と得心がいったものである。
 
 水木しげるの個人史として読むとき、やはり水木のユニークな個性と運の強さが印象的である。
 のんきでマイペースで楽天的で好奇心旺盛で、周囲に対する忖度というものをまったくしない。(そのため軍隊では上官にビンタされ放題)
 水木自身がある種の妖怪のようで、漫画のキャラとして立っている。
 戦後、売れっ子になっても戦時中に知り合ったラバウルの原住民との交流を続けていたことが表しているように、金や名声や人気に溺れることも奢れることもなく、幼い頃のオリジナルな感性を大切にした。
 オリジナルとはつまり、自然の中で他の生きもの(妖怪含む)と共に生きるヒトとしての当たり前の感性である。
 国や社会や世間というものは、本当にいい加減で無責任で当てにならない。
 それは今回のコロナ騒動や東京オリンピック騒動を見れば一目瞭然であろう。
 そんなものに忖度する必要は全然ないのだ。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損