2012年角川書店

 スプーン曲げの清田くん、恐山のイタコ、オカルト・ハンター、スーパー霊能者の秋山眞人、人気オカルト番組の元プロデューサー、オーラー鑑定士、毎日同じ時間に扉がひとりでに開閉する寿司屋、永田町の陰陽師、UFO観測会、ダウジング、超心理学の権威、臨死体験者、メンタリストのDaiGo・・・・。
 様々な分野のオカルト現象に関するレポートである。
 著者の森達也は、元オウム真理教の信者の日常を描いた『A』シリーズ、『放送禁止歌』、『職業欄はエスパー』などのドキュメンタリー作品で知られる。

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 オカルト現象に共通する特徴として、いざ厳密な科学的調査によって証明しようとすると何故かうまくいかないというのが知られている。
 ホラー映画『リング』の元ネタとなった明治時代の福来友吉博士による千里眼実験(の失敗)などが有名である。
 こういったオカルト特有の振る舞いを「羊・山羊効果」と言うのだそうだ。

 オカルトは人目を避ける。でも同時に媚びる。その差異には選別があるとの仮説もある。ニューヨーク市立大学で心理学を教えていたガートルード・シュマイドラー教授は、ESPカードによる透視実験を行った際に、超能力を肯定する被験者グループによる正解率が存在を否定する被験者グループの正解率を少しだけ上回ることを発見し、これを「羊・山羊効果(sheep-goat effect)」と命名した。
 この場合における「羊」は超能力肯定派を、そして「山羊」は否定派を示している。つまり超能力を信じる者たち(羊)が被験者となる実験では、超能力の存在が肯定されたかのような結果が出るのに対し、超能力に否定や懐疑の眼差しを向ける者たち(山羊)が被験者となる実験では、超能力を否定するかのような結果が出る現象が「羊・山羊効果」だ。

 観測者の態度いかんによって現象のありかたが変わるというのは、まるで量子力学の不確定性原理みたいで興味深い。
 信じる者は救われるってことか。
 子供の頃からオカルト番組やつのだじろうの怖い漫画が好きで、長じてはスピリチュアルにはまったソルティは「信じる者(羊)」の一人であるが、自ら不思議な現象を体験したことがあるかと言えば、さっぱり縁がない。
 UFOを見たこともなければ、霊的現象に遭遇したこともない。
 むろん、スプーンを曲げることも馬券を当てることもできない。
 せいぜいが晴れ男である――外出が決まっている日は晴れることが多いなあ~と思う――のが関の山であるが、これはむしろ逆に、山登りで培った長年の勘から、あらかじめ晴れそうな日をねらって外出予定を組んでいるせいかもしれない。

 とはいえ、自分ではそれと気がつかないところで奇跡は生じている可能性はある。
 たとえば、一昨年の12月に最寄り駅の階段から落ちて左足を骨折し、結果として介護現場から離脱せざるを得なくなった。
 高齢者を安全に介護できる自信と保証が持てなくなったからだ。
 その後しばらくして、辞めた介護施設を新型コロナが襲った。
 数名の職員と利用者が感染し、濃厚接触者となった職員は2週間の自宅待機を余儀なくされた。
 幸いなことにコロナで亡くなった人は一人も出なかったけれど、少ないスタッフでシフトを回さなければならず、施設はてんてこまいだったらしい。
 もしソルティがあのまま働き続けていたら感染していたかもしれない。
 同居の両親にうつしていたかもしれない。
 50代の自分はなんとか復活できたとしても、80代の親はどうなっていたか分からない。
 日本でも世界でも、介護や医療の現場で働いてコロナに感染し、そうと知らずに家に持ち帰って家族にうつしてしまい死なせてしまった、という人もいることだろう。(自分を責めないでほしいものだ)
 両親の2回のワクチン接種が完了した今、「なんとかこのたびは乗り切ったな」という安堵感はやはり大きい。
 転落事故は不幸、不運というより一種の天恵だったのではないかとすら思うのである。
 まあ、こういう都合のいい“こじつけ方”のできるところが「羊」たるゆえんなのだろう。 

羊


 天恵と言えば、歴史を学んだり昨今の世界情勢を学んだりすると、2021年の日本に暮らしていることがいかに幸運なのかをつくづく感じる。

 もし太平洋戦争時に二十歳の若者だったら。
 もし日本でなく北朝鮮やミャンマーやジンバブエに生まれていたら。
 もしイスラム教圏に生まれ育ったゲイであったら(国によっては死刑になる)。
 もしインドのスラムの底辺カーストの家に女性として生まれていたら。
 もし・・・・・・・
 
 幸運と幸福は似て非なるものなので、上記のような厳しい条件下に生まれても「幸福である」ことは可能かもしれないし、逆に現代の日本で何不自由なく生活していても「不幸である」ことはあり得よう。
 でも、衣食住と安全、信仰や表現の自由が保障されている国に生まれ暮らしているのは、それだけでかなりの強運の持ち主であり、幸福へのパスポートを手にしていると言っていいのだ。
 ついつい忘れてしまいがちだけれど・・・。

亀


 「盲亀の浮木」というお釈迦様の教えがある。
 いま海底に盲の亀が棲んでいる。
 その亀は百年に一度だけ海面に上がって顔を出す。
 広い海原を小さな穴の開いた浮き木が、波の間に間に漂っている。
 亀が海面に顔を出したちょうどその瞬間、流れてきた浮き木の穴に亀の首がすっぽり入る。 

 その稀なる確率でしか、生命は(仏道修行ができる=悟りの可能な)人間として生まれてはこられないという教えである。
 すなわち、人身受け難し。
 その上に2021年の戦火のない日本に生きている。
 本来なら、それ以上のオカルト(=奇跡)を求める必要はないのだろう。



おすすめ度 :★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損