2019年三五館発行、フォレスト出版発売

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 工事現場に立つ交通誘導員こそ、軟弱なソルティには向かない仕事である。

 炎天下の夏も極寒の冬も、日差しや強風をさえぎるものない道の真ん中で、終日ひとつところに立っていなければならない。
 まず体力勝負である。

 交通量の多いところでは、自動車や自転車や歩行者の安全に気を配りながら、適切に誘導しなければならず、足止めや遠回りを指示されて苛立つ人々、工事の騒音や振動やほこりや異臭に眉を顰める近隣住民からのクレーム対応もしなければならない。
 気が疲れることこのうえない。

 逆に交通量の少ないところでは、手持ち無沙汰に苦しむ。
 持ち場を離れることもできず、いすに座ってスマホをいじることも、仲間の誘導員や工事現場の作業員とおしゃべりするわけにもいかない。
 呉服売り場のマネキンと化して、無為や眠気や退屈とたたかわなければならない。
 と言って、気を抜いてボーっとしていると事故の原因になりかねず、いったん事故を起こせばクビは必至である。

 そのうえに、工事現場で働く監督や作業員から仕事中の態度や誘導の上手下手を監視され、理不尽な命令を下され、時にはイジメまがいの悪態を衝かれる。 

 日給はそこそこ貰えるけれど、決して割の合う仕事とは言えまい。

 なのに、工事現場で見かける誘導員のなかには高齢者が多い。
 70歳以上が8割を占めている警備会社もあるという。
 老後資金の乏しい高齢男性がもっとも気軽に就ける仕事なのである。

 働けば日払いもあり家がなければ寮もある。嫌が応でも社会とのつながりもできる。とりあえず残業すれば最低限の社会生活が可能なのが警備員かもしれない。仕事として楽しい楽しくないは別として、決して悪い選択ではないのではないか。
 土壇場に追いつめられた人にとって交通誘導員の仕事は社会との最後の“蜘蛛の糸”かもしれない。

 著者は1946年生まれ。本書執筆時、73歳である。
 もともとの職業である出版関係の仕事をしながら、生活費を補填するため、いまも交通誘導員として現場に立っている。
 夜勤もすれば、日勤・夜勤・日勤の昼夜3連続勤務もこなすというから、相当な体力・気力の主には違いない。
 介護の仕事で夜勤1回したら、“明け”の日はもちろん、その翌日もグダーってなってしまうソルティには到底考えられない。
 そんな状態で交通量の多い現場に立ったら、どれだけ悲惨な事故を巻き起こすことか!


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Gerhard G.によるPixabayからの画像


 ソルティにはもっともできそうにない仕事と書いたが、逆にソルティがやっていた介護の仕事も、「自分には無理! 死んでもやりたくない」という人(とくに男性)は少なくないだろう。
 介護現場でおむつ交換や老人相手の幼稚なレクリエーションするくらいなら、工事現場の案山子のほうがマシという人もいるはずだ。
 つまるところ、まったく楽な仕事はないし、どんな仕事にも向き不向きがあるのだ。

 この「 3K仕事、内幕暴露日記シリーズ」(ソルティ命名)は、前から気になっていた。
 本書のほかにも、タクシー運転手編、出版翻訳家編、マンション管理人編、メーター点検員編、非正規介護職員編、ケアマネ編などが発刊されている。
 本書にしばしば出てくる「片交」、「立哨」、「トラバー」といった用語のように、どの業界にも身内だけに通じる用語やルールがある。
 そういったのを知るのも面白い。 
 しばらくこのシリーズを追っていきたい。

 今日は雨。誘導員さんも暇だろう。
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損