1926年原著刊行
2013年光文社(永田千奈訳)

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 不思議な味わいのある作品。
 これまであまり読んだことがないようなタッチが新鮮である。
 コアなファンをもつというのも分かる気がする。

 ジュール・シュペルヴィエル(1884-1960)はウルグアイ生まれのフランス作家。両親はフランス人で両国籍を持っていたという。
 訳者によれば「フランス版宮澤賢治」として日本の読者に話題になったらしい。
 たしかに幻想的で童話タッチな詩のような語りは、『銀河鉄道の夜』や『ヨタカの星』などを思い出さないこともないが、テーマの質が宮澤とはまったく異なる。
 とくに『雨ニモ負ケズ』の宮澤とはかけ離れている。
 訳者が「あとがき」で触れているように、シュペルヴィエルの作品にはエロティシズムが漂っている。
 むしろ、『ロリータ』のナボコフや『少年愛の美学』の稲垣足穂を連想したほどだ。
 そう、ある種の倒錯愛の匂いである。
 
 本書の主人公ビグア大佐も、ウルグアイの大統領候補に挙げられるほどの大人物で歴戦の勇士のはずなのに、妙に神経症的で周りの目を気にしてばかりいて、そのギャップがおかしみを生む。
 周りの目の中には妻や子供や使用人すら入るのだ。
 そもそもギャップと言えば、大佐は虐待されている子や捨てられた子を見ると過剰なまでの憐れみを感じ、身柄を引きとって養父となって慈しむほどのやさしさを備えているのだが、法律的に正当な引きとり方をせずに無断でさらってしまうのである。
 立派な犯罪者である。
 そこには正義や慈悲とは別種の、嗜癖につながるようなフェティッシュな情動が潜んでいる。
 大佐が周囲の目を気にするのは、おそらく、自らもはっきり自覚していない複雑なるセクシュアリティを見抜かれまいとするためなのだろう。
 
 他の作品を読んでみたい。


おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損