2004年原著刊行
2006年早川書房(池田真紀子・訳)

 1980年の東京を舞台とするサスペンスミステリー。

 博士論文のリサーチのために日本を訪れたアメリカ人女性リサ・カントリーマンが、「香港に渡る」という言葉を最後に失踪した。
 故国に住む姉から捜索依頼を受けた米大使館職員トム・ハリーと、麻布警察署の“窓際族”である太田刑事は、それぞれの思惑からリサの行方を追う。

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 著者のドン・リーは在米コリアン3世で、父親が外交官であったため子供時代を東京とソウルで過ごしたという。
 幼い頃の記憶の中にある日本と、新たに取材調査した80年代の日本、その結合が本書を生んだのであろう。

 外国人が書いた日本という点で、まず興味深い。
 ステレオタイプの日本像になるのはやはり避けがたく、高校時代の英語の副読本を思い出した。
 つまり、秋休みを利用してアメリカからやって来たペンパルのBenに、日本の名所や文化や風習を案内するYoshioとSachiの兄妹、といった観光案内タッチである。
 浅草の神輿かつぎ、禅寺での坐禅、お花見、お盆のお供え、紅白歌合戦、除夜の鐘、初詣といった伝統的なものから、80年代当時の風俗――窓際族、クリスマスケーキ(25歳過ぎたら女は見向きもされない)、竹の子族、ディスコブーム、銀座での接待、街中に溢れるへんてこりんなJaplish(和製英語)・・・・。
 とりわけ、(これはさすがに高校の副読本には載せられないが)性風俗の描写は微に入り細をうがっている。
 ソープランド、ピンサロ、イメクラ、覗き部屋、ノーパン喫茶、ラブホテル・・・。それらに群がる日本の男たちの昼の真面目な会社員の顔とは異なる夜の生態もとらえている。
 「屁は日本の古い歴史を持つ伝統芸である」といったジョークだか勘違いだかわからないような、思わず脱力するくだりも散見されるが、全般、一種の日本文化論として楽しむことができよう。

 日本人はウェットな人種なのだ。水気を含んで粘る米のように、仲間同士くっついて生きるのを好む。温かく、優しくて、情に篤い。対照的に西洋人は、ばらばらした彼らの米のように、ドライで不人情で個人主義的だ。

 1980年という時代を映すのに、大平首相の急死とジミー・カーター大統領の葬儀参列、在イラン米大使館人質事件、ソ連によるアフガニスタン侵攻、モスクワ五輪ボイコット、市場開放をめぐるアメリカとの貿易戦争e.t.c.といった時事テーマを散らし、一方、日本独特の戸籍制度や入管制度や刑事手続きについても丹念に調べていることが伺える。
 ソルティは80年代の日本や東京を知る一人であるが、時代の雰囲気はなかなかよく出ているんじゃないかと思う。
 
 次に特筆すべきテーマは、人種問題・民族問題である。
 幼い頃に捨てられ日本の養護施設で育ったリサは、実の両親を知らない。
 自らを日本人と黒人のハーフと思うが、外見はどちらにも見えず、アイデンティティの揺らぎに悩む。
 
 彼女は黒人と呼べるほど黒人らしくなく、東洋人と呼べるほど東洋人らしくなく、さらには白人と呼べるほど白人らしくない。初めて会った瞬間に自分の人種的分類を説明しておかなければ、かならずだまされたような気持を相手に抱かれる。説明せずにおくのは、怠慢の罪ででもあるかのように。黒人のくせに白人として通そうとしているかのように。その一方で、いずれかの人種への連帯感を宣言したところで、誰も信じない。 

 また、大使館職員トムは、韓国人の母とアイルランド系アメリカ人の父をもつが、自らをハワイ人と称することで、他人からのそれ以上のよけいな詮索を回避している。
 日本人のほとんどは、こうした“人種的分類”に関する煩瑣な説明を免れている。
 流暢な日本語さえ話していれば、「あなた、ナニジン?」、「父親と母親の人種は?」などと詮索されることがない。
 それゆえ、人種問題・民族問題に鈍感である。
 もともと移民の国であり、高い流動性を持ち異人種間の結婚の盛んなアメリカ、しかもいまだにWASPを頂点とする格差社会であるアメリカにおける人種問題・民族問題、そこに由来する個人のアイデンティティ(帰属)の問題。
 本書は、その複雑さと深さを伝えてくれる。


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アメリカは「人種のるつぼ」と言われる

 
 三つ目はネタバレになってしまうが、本書の核となるテーマは「母親探し」である。
 リサが日本に来た真の理由は、生みの母――50年代の終わりに日本駐留の黒人兵士との間にできた真由(=リサ)を養護施設に捨てた――に会うためだったのである。
 母親と会って、父親のことを聞いて、自分が何者であるかを確認したかったのだ。
 その意味で、本書は森村誠一の『人間の証明』のアレンジのようである。
 
 『人間の証明』では、日本人の母親と黒人の父親との間に生まれた色の黒い青年ジョニーが、母親に会うために勇んで日本にやって来るが、過去を隠したい母親の手によって命を奪われてしまう。
 本書では、黒人にも白人にも東洋人にも見えないリサが、母親の居所をついに探り当て、自らの正体を告げる。
 そして・・・・。

 本書は決して重苦しい小説ではない。
 太田刑事が登場するシーンなどは、刑事とは思えぬほど不器用で世間知らずでコミュ障な言動に、にやりとさせられる。
 やはり80年代に流行った「恋愛マニュアル」片手に、今夜のデートの予習をし、好きになった女性の落とし方を勉強しているところなど、日本のオタクっぽい青年そのもので、2004年にヒットした『電車男』を彷彿とさせる。

 ここまでずいぶんネタバレしてしまったように見えるが、実はもっとも大きなネタを明かしていない。
 本書はミステリーとしては、あるいはサスペンスとしては「凡庸」という評価を下されるかもしれない。
 が、その最大のネタ(どんでん返し)ゆえに、すべての日本人にとって痛みを伴って然るべきエモーショナルな内容であり、邦訳されて読まれる価値が十分にある。
 
 


おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損