2016年清流出版

 副題は「96歳、戦争体験者からの警鐘」。

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 金子兜太(1919-2018)は埼玉県秩父出身の俳人。
 日本銀行入行の25歳の時に自ら海軍に志願し、太平洋上のトラック島(現:ミクロネシア連邦チューク諸島)に主計中尉として赴任した。(上記の表紙画像参照)
 
私は二十五歳、当時の多くの青年たちと同様に、どこかに捨て鉢な「華々しく散っていく」美学を胸に秘めていました。しかもそこに「民族のために」「美しい故郷を守るために」「父や母、家族のために」という美しいスローガンがつけば、意識はますます高揚します。祖国のために殉ずるということがもたらす、身体が震えるような満足感、陶酔感・・・・。

 ところが、到着した翌朝、周囲を見たら島は真っ黒こげ、そこかしこに航空機の残骸、港には腹を向けて沈んでいる艦船。
 すでに勝敗は決し、戦闘どころか食糧さえ手に入らないありさまだったのである。
 米軍による爆撃や手榴弾による事故死よりも確実に多かったのは、餓死。
 いったい何のために派兵されたのか。

 敗戦と同時に金子は米軍の捕虜になり、収容所に連れていかれる。
 豊かな食糧、陽気で健康的な米軍兵士たち、好きな煙草は吸い放題。

 アメリカは、ともかく犠牲を出さないことを第一に考える。死ぬのを怖がる。それは人間として当然のことで、むしろ日本人のように、「死ぬなんて怖くない」なんて強がるほうが異常。その考えが極端になったのが特攻や、人間魚雷としてあらわれました。
 ここにも「戦争に対する備え」の違いがある。これを知ったとき、彼我の国力差もさることながら、「やっぱり、負けるべくして負けたな」とつくづく感じたものです。 

 水木しげるの『ラバウル戦記』や中国大陸における死の行軍の記録をあげるまでもなく、太平洋戦争における最も理不尽にして愚か極まる日本軍の所業は、大量の無駄死に国民を追いやったことであろう。
 少なくとも真珠湾攻撃の一年後には負けは見えていた。
 その後の学徒出陣は要らなかった。(学徒が徴兵される段階でもう末期的とわかる)
 状況を冷静に分析し、的確な判断をし、勇を鼓して、もっと早く降伏を受け入れていれば、何百万という命が無駄になることはなかった。
 そこにあったのは、意地なのか、プライドなのか、破滅願望なのか。
 はたまた、正常性バイアスなのか、コンコルド効果なのか。

「埋没費用効果 (sunk cost effect)」の別名であり、ある対象への金銭的・精神的・時間的投資をしつづけることが損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、投資がやめられない状態を指す。超音速旅客機コンコルドの商業的失敗を由来とする。
(ウィキペディア「コンコルド効果」より抜粋)

 今回のコロナ禍における東京2020オリンピック開催までの経緯を振り返るに、つくづく歴史は繰り返されるものだと思う。
 オリンピックを開催して良かったかどうかという結果論は別として、世論をまったく無視して合理的な説明もなしに進められていく「開催ありき」の国の強引な姿勢に、「ああ、80年前もこうやって戦争に突入していったのだなあ。マスコミ総動員で一億玉砕への道を突き進んでいったんだなあ」と絶望に近い恐ろしさを感じた。

五輪


 金子兜太が本書を記したのは、安倍政権下、キナ臭さを増してくる日本の現状に危機感を抱いたからであった。
 一年前にあれほど恐怖し警戒したコロナにいつの間にか慣れてしまって、もはや緊急事態宣言が意味をなさなくなっているのと同じように、80年前の日本人も海の向こうでやっている戦争に慣れて、戦時下の耐久生活に慣れて、国家の命令に従うことに慣らされていったのだろう。
 B29が国土を灰にし、広島と長崎が煉獄と化すまでは・・・・・。

 ソルティは、今回のコロナ禍のメリットをあえて上げるなら、安倍政権が倒れて憲法改正(9条改悪)がひとまず延期されたことだと思っている。
 そして、国民の多くが国の指導者層の無能と傲慢を知り、大企業やマスコミの節操のない右顧左眄ぶりを目にしたことだろう。
 こんな指導者の手によって憲法が改正されたら、どんな理不尽が待っていることやら。
 
 そもそも、人間の「知性」とは、あらゆるものに差別感を持たないということです。それを私は「自由人」と呼ぶんですが、世界にはいろいろな人間がいて、そのいろいろな人間が、お互いを認め合うからいいんです。だから世界発展していくし、人類は豊かになっていくはず。
 それなのにどうも、社会全体が同じ方向を向かないと気がすまないという人が増えてきて、そんな人が率先して自粛し、お互いを縛っていく。そしてみんなで監視し合う。このムードは戦前そのものです。

 金子兜太は平成と共に世を去った。
 秩父観音巡礼第34番札所には、彼の句碑が建っている。

 
秩父の子
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損