1983年
106分

 日本が誇る名優中の名優、加藤嘉主演の一本。
 モスクワ国際映画祭の最優秀主演男優賞を受賞している。
 監督は『郡上一揆』、『草の乱』、『ハチ公物語』の神山征二郎。
 丁寧で誠実な作り、鮮やかな野外ロケは上記の作品群と変わらない。

 本作の一つのテーマは老いである。
 加藤嘉演じる伝三が呆けていって、妻の死も理解できず、息子や嫁も認識できなくなって“壊れていく”姿がリアリティもって描かれる。
 加藤嘉の演技は、認知症高齢者の介護を7年間やっていたソルティから見ても非の打ちどころがない。
 モスクワ映画祭の審査員たちは、実際の認知症老人をキャスティングしたと勘違いしたそうな・・・。
 『砂の器』と共に伝えられるべき加藤嘉の名演であろう。

 呆け老人を抱えた家族が抱える苦労を、息子役の長門裕之と嫁役の樫山文枝が息の合った演技で見せている。
 樹木希林、前田吟、石立鉄男などが脇を固めて抜かりない。

 今一つのテーマは失われていくふるさと、日本人の原風景である。
 伝三一家の住む岐阜県揖斐郡徳山村は、まもなくダム建設のため湖底に沈む運命にある。
 600戸の住人たちは生まれ育った村を離れて、下流にある町に移住しなければならない。
 村人たちが故郷で過ごす最後の夏が描かれている。
 この物語は、実際に徳山村で小学校教師をしていた平方浩介の『じいと山のコボたち』を映画化したもので、現地ロケなのである。
 その意味で、かつての村人たちにとっては“ふるさと”の貴重な記録映像と言える。
(2008年に徳山ダムは完成した)

 一時代前の日本を知る男の老いと死、そして美しく豊かな郷土の消滅。
 二つの喪失の物語が重奏する。
 時はバブル直前であった。

 認知症患者が増えたのは、もちろん日本人が長生きするようになったからではある。
 男の平均寿命は、1950年には約60歳だったものが、70年に約70歳、90年に約76歳、2010年に約80歳となった。
 しかし、高齢化だけでなくて、生活環境の変化も大きな原因の一つであろう。

 日本の風景は、戦後、特に70年代以降、劇的に変貌した。
 兎追いしかの山も、小鮒釣りしかの川もあらかた姿を消した。
 また、何千年と変わらなかった日本人の生活様式も、昭和の終わりあたりから加速度的に変化していった。
 50年前までなら同じ一家の祖父母と孫とは多くの文化を共有できたが、令和の現在では完全に別の文化を生きている。
 世代から世代への文化継承も、いまや役に立たないものになりつつある。
 老人たちは、環境のあまりに速い変化に脳や気持ちがついていけず、現実を否認してしまうのである。
 
 本作では、伝三と小学生の孫の千太郎とは、揖斐川の秘境でのアマゴ釣りという遊びを共有し、釣りの名人と謳われた伝三から千太郎に釣りのコツが伝授される。
 それによって伝三の呆けは和らいでいく。 
 いまではどうだろう?
 孫がなにより教えてほしいのはコンピュータゲームの攻略の仕方か、より有益なスマホの使い方なのではないか。

 そう言えば以前、富士山に最も近い山である三ツ峠(1785m)に登った時、山頂の雄大壮麗たる富士山を前に、父親と一緒に来た小学生くらいの男児がゲームウォッチに熱中してまったく風景に無関心なのを見て、驚いたことがある。
「おい、富士山だぞ、見ろよ!」
 という父親の促しもものかは、まるで自分の部屋にいるかのような男児の姿に、さすがの富士山も蒼ざめていた。

 
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主演の加藤嘉と孫役の浅井晋 


おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損