1960年新東宝
101分、カラー

 子供の頃にテレビで観た映画のうち最も怖かったのがこの『地獄』であった。
 むろん、監督や出演俳優の名前はわからなかったので、後年になってからてっきり神代辰巳監督の『地獄』(1979年東映)がそれかと思ったのだが、観てみたらどうも違う。
 だいたい79年の映画ならソルティはすでに思春期、「子どもの頃」のはずがなく、もう少し記憶もはっきりしているはず。
 それに映画の中で最も怖かったのは、闇の底から無数の人の手がイソギンチャクのように揺らめきながら伸びてくるシーンであったのだが、79年の『地獄』にはそれがなかった。
 今回、そのシーンを目にして、「ああ、これこれ!」と懐かしさと不気味さが入り混じった奇怪な感覚を味わった。

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 三途の川、閻魔大王の審判、針の山、血の池など地獄のさまを描いた内容そのものも確かに恐ろしいには違いないが、ソルティの脳内に悪夢のごとく残り続けた恐怖の一番の源は、上記のシーンに代表されるシュールな映像の魔力であった。
 『怪談』の小林正樹監督や『ツゴイネルワイゼン』、『東京流れ者』の鈴木清順監督に比されるべき映像美術がここにはある。
 実際、今見ても60年制作とは思えぬほどの新しさを感じる。


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吊り橋の上でのラブシーン(逆さ撮り)


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唐傘の配置が見事


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灼熱地獄で水を求める亡者


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血の川を流れる赤ん坊
このシーンもわけなく怖かった


 今見ると、本当に怖いのは地獄の刑罰ではなく、現世における人間のさまざまな欲望や迷妄だと知られる。
 つまり心の中の地獄。
 人間世界のドロドロを容赦なく描く前半がおっかない。
 「怪談映画の巨匠」と呼ばれた中川監督の本領は、むしろそちらにあるのではないかと思う。
 他の作品を観ていきたい。

 天知茂、三ツ矢歌子、沼田曜一といった新東宝の俳優たちも、下手に役者役者していないフレッシュな佇まいがかえって印象的である。
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損