2015年アルゼンチン
106分、スペイン語
エル・クラン(El Clan)とは「一族」の意。
80年代前半のアルゼンチンで、一家で誘拐殺人事件を繰り返したプッチオ家の実話をもとに制作された犯罪ファミリーサスペンス。
第72回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞している。
アレックス(=ペテル・ランサーニ)はアルゼンチン代表のスターラグビー選手。裕福で絆の強い家庭に生まれ、輝かしい戦歴とアイドル並みのルックスを持ち、良い仲間と美しいガールフレンドに恵まれ、誰もが羨む幸運な若者である。が、彼には大きな秘密と苦悩があった。彼の父親アルキメデス(=ギレルモ・フランチェラ)は身代金目当ての誘拐を稼業として行っており、被害者を家の一室に監禁したあげく、身代金を得るや情け容赦なく殺害していた。アレックスはこの仕事を手伝わされていたのである。
この映画(=プッチオ事件)を理解する鍵の一つは、当時のアルゼンチンの混乱した政治情勢であろう。
1983年に民政移管が実現するまで、アルゼンチンは軍事政権下にあった。
軍の特別情報部隊の一員であったアルキメデスは、反体制のゲリラグループや人権団体の情報収集やメンバーの誘拐・拷問・殺害を、“お国のため”という錦の御旗の下に行っていた。
それが、体制が180度変わったことでお払い箱となり、同時に立場が危うくなったのである。
アルキメデスは忸怩たる思いを抱える。
アルキメデスは忸怩たる思いを抱える。
60年代後半インドネシアのスハルト大統領政権下における共産党関係者虐殺を描いた『アクト・オブ・キリング』(2014)を想起させる。
いま一つの鍵は、ラテンアメリカの伝統的な家父長制およびマチスモ(男性優位文化)である。
一家の長の権威は絶大であり、他の家族(成員)はその意見に従わなければならない。
父親に従順である限りにおいて、成員は家庭の中に自らの居場所を得ることができ、他の成員から支えられ、愛される。
ラテン民族ならではの強い絆でもって――。
このような家庭に長男として生まれ育ったアレックスは、跡取りであることの責任や彼自身の名声を守るために、父親の指示に唯々諾々と従ってしまう。
言ってみれば、アレックスは虐待親の洗脳を受けた、ストックホルム症候群の被害者のような存在である。
映画の最後、アレックスは父親の目の前で飛び降り自殺を図る。
「俺の人生はあんたに滅茶苦茶にされた」と叫んで。
クレジットで流される解説によれば、一命をとりとめて逮捕され、有罪判決を受けて終身刑になった。
刑務所の中でも自殺未遂を繰り返したという。
ウィキによると、2007年に仮釈放、その1年後に肺炎で亡くなったとある。
享年49歳。
彼も一人の哀しきマッチョであった。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損