2021年新潮文庫
初出一覧
「姫君を喰う話」1970年
「鯨神」1961年
「花魁小桜の足」1969年
「西洋祈りの女」1962年
「ズロース挽歌」1969年
「リソペディオンの呪い」1970年
あたし、宇能センセイの短編集が出てるって新聞広告で知って、アソコがジュンとしちゃったんです。
それも、芥川賞にかがやいた幻の傑作『鯨神』や、伝説的なエッチ怪談『姫君を喰う話』がすっぽり入ってるって・・・。
とても我慢できなくて、本屋に走っちゃったんです。
平棚におかれている真新しい文庫本のカタい手ざわり。思わず、ほおずりしたくなっちゃった。
表紙には、妖怪美人画で有名な九鬼匡規(くきまさちか)センセイの「清姫」の絵がつかわれていて、長い黒髪をたらした白い肌の王朝美人が、悩まし気な顔してあたしを睨むんです。
表紙には、妖怪美人画で有名な九鬼匡規(くきまさちか)センセイの「清姫」の絵がつかわれていて、長い黒髪をたらした白い肌の王朝美人が、悩まし気な顔してあたしを睨むんです。
もう胸がバクバクして、体の奥の方からうずくものがあって、潮がじゅるじゅるって、満ちてくる気配にその場にしゃがみ込んじゃった。
――とまあ、大げさに感動を書いてみたが、この令和になって宇能鴻一郎作品が文庫で復刊されるとはよもや思わなかった。
むろんソルティは、純文学時代の宇能鴻一郎を知らず、もっぱらスポーツ新聞やお父さん向け週刊誌に掲載されていた女性一人称文体によるポルノ小説の愛読者であった。
普通、ヘテロの男性作家がポルノ小説を書くときは、書き手と同じ“性”の男を主人公とし、男の視線から女を描き、女体を描写し、女とのセックスを描いていくわけだが、コペルニクス的転回というか花びら回転というか、宇能センセイは自分が女になりきって女の目から見たセックスを描いたのであった。(自然と「センセイ」になってしまった)
おそらくそれゆえに、宇能センセイのポルノ小説はお父さんのみならず、女性たちやソルティのようなゲイの男にも広く愛読されたのであろう。
そこに描き出されたのは、男が被写体とされるポルノであった。
もっとも、エロ小説の主人公に女をもってきた男性作家は珍しくなく、有名どころでは『ジュスティーヌ 美徳の不幸』のサド侯爵がいる。
サド侯爵は『ソドム百二十日』でそれこそソドミスト(男色)も描いているが、宇能センセイにも『公衆便所の聖者』という同性愛者を描いた傑作短編がある。
サド侯爵と同じく宇能センセイもまた、「女好き、女体好き、女性を征服するのが好き」という凡百の男性ポルノ作家とは次元を異にする、「人間の性」そのものについての探究者だったのである。
高い文章力と卓抜な構成力もさることながら、その哲学性ゆえに純文学の領域に揺蕩っておられたのだろう。
(失礼ながら過去形にしてしまったが、1934年生まれの宇能センセイは存命でいらっしゃる!)
実際、ここに選ばれた6編いずれも、抜群の面白さと衝撃力にあふれている。
人間存在の不可思議さ、不条理、性愛に憑かれた男と女の悲喜劇、極限において発動される人間の生命力、食べることとまぐわうことの根源的なつながり、男と女の根源的なちがい。
やっぱり、痩せても枯れても芥川賞作家。
痩せても枯れても新潮文庫。
出版界本年一番の快挙である。
――とまあ偉そうに書いてきたが、実はソルティ、宇能センセイのポルノ小説以外の作品は、件の『公衆便所の聖者』以外、読むのは初めてであった。
本短編集を読んで、宇能鴻一郎の才能の豊かさ、昭和文学のレベルの高さをつくづく思い知った。
6篇の中ではやはり『鯨神』が力強い。
『白鯨』のメルヴィルを思わせる重量級の傑作である。
次に、タイトルに冠された『姫君を喰う話』は、一生トラウマに刻まれるような凄まじくも美しい、泉鏡花や小泉八雲に通じる怪談。
『西洋祈りの女』は、『飼育』『芽むしり仔撃ち』など初期の大江健三郎や『楢山節考』の深沢七郎を思わせる土俗的匂いが濃厚である。
『ズロース挽歌』は、最近某所で起きた女性監禁事件を想起した。犯人は本作を読んでいたのではないか?
『リソペディオンの呪い』は、鍾乳洞が重要な舞台となるため、横溝正史の『八つ墓村』を連想した。リソペディオンとは、子宮の中で石灰化した胎児のことである。
『花魁小桜の足』は諧謔性に富む江戸時代の踏み絵奇譚であるが、『沈黙』の遠藤周作に対する揶揄のようにも読めた。
6篇を読んで明らかなのは、宇能センセイの古典の教養および文壇の大先輩たちへの敬意とその影響である。
泉鏡花、谷崎潤一郎、芥川龍之介、三島由紀夫、江戸川乱歩、このあたりは間違いない。
解説を書いている作家の篠田節子は、宇能鴻一郎と三島由紀夫の関連について理解が及ばないらしいが、文体への影響は明らかであろう。
『鯨神』の次の一節など、三島が書いたものと言っても通るくらいだ。
白波をくだいておれのすすむところ、おれのまわりは、明け方は薔薇いろの褥となり、まひるには一めんにかがやく金ののべ板の大広間となり、夕暮れどきには蒼穹をおおって真紅の天蓋が垂れこめ、夜には、ながながと曳かれたおれの航跡はすべて、月の光をあびて蒼白とかがやく練り銀の波うつ裳裾とかわった。
新潮社には、『公衆便所の聖者』『むちむちぷりん』を含む第2弾の発行を検討されたい。
おすすめ度 :★★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
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