2020年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 著者は、妻と共に住みこみでマンション管理員をしいる72歳の男。
 かつては広告代理店勤務で「空気を商売にしている」ようなバブリーな生活を送っていたが、思い切っての独立後、不況で経営に行き詰まる。
 ホームレス寸前までいった59歳の時、マンション管理員に転身する。
 これまでに関西地区の三つのマンションを渡り歩いてきた。
 
 ソルティはマンションに住んだことがないので、管理員の大変さを知らなかった。
 いや、住んでいる人でも知らない人は知らないであろう。
 共用スペースの切れた蛍光灯を取り換えたり、ゴミ収集所の管理をしたり、駐車場・駐輪場に目を光らせたり、建物周囲の植え込みに水をやったり、留守宅の宅急便を預かったり、定時巡回したり・・・・日々そんなことをしているんだろうなあというイメージがあった。
 どのマンションでも定年退職者らしき高齢者が従事しているのは見知っていたので、「それほど骨の折れる仕事ではあるまい」と思っていた。
 小中学校の用務員さんみたいなイメージだ。(と言って小中学校の用務員の実情をよく知らない。本シリーズで、『学校用務員グダグダ日記』を企画してはくれまいか)
 
 本書を読むと、日課となっている上のような基本業務――ただし宅急便の預かりはやってないようだ。マンション住人は私用を管理員に頼んではならないと決まっているのだ――はそれほど大変でもなさそうだ。
 なんと言っても、大変なのはクレーム対応。
 著者によれば、集合住宅の三大クレームは、①無断駐車、②ペット、③生活騒音、とのこと。
 ほかにも、器物損壊、上階からの水漏れ、悪臭、共用スペースの私物化、自殺志願者(自殺名所となっているマンションは多い)、認知症老人の世話、住民同士のいざこざ、敷地内の緑地にあるベンチで昼間からイチャイチャする高校生など、四方八方からさまざまな事件やクレームが飛び込んでくる。
 他の住民のためにもなる正当なクレームならまだしも、クレームのためのクレームすなわちモンスタークレーマーがいた日には、うんざりを通り越して疲弊するばかりである。
 通常の場合、管理員も他の勤め人同様に9時-5時で雇われているので、勤務が終われば仕事から解放される。
 が、著者夫婦のような住み込みの場合、ほとんど24時間対応に追われることになる。
 
 騒音問題の仲裁であったり、部屋で暴れる奥さんの緊急対応や立ちション目撃者からの通報などなど、日ごろのウップンの聞き役であったり、癪にさわることを注意してもらおうという人たちの受け皿、もしくは苦情承りと目されているのが、マンション管理員の実情なのである。

 
 マンション管理員を雇っているのは管理会社で、管理会社と契約しているのはマンションの理事会である。
 なので一般に管理員は、管理会社の当該物件担当者であるフロントマンに逆らえず、フロントマンは理事会とくに理事長には逆らえない。
 管理員は、フロントマンと理事長の顔色を見ながら仕事をしなければならない。
 これがまためんどくさい。 
 著者が二つ目に勤めた大阪のマンションでは、フロントマンと理事長が結託して住民から集めた管理組合費の私的流用をするわ、それを咎めた著者を煙たがって時間外労働を押し付けるわ、裁判も辞さない覚悟で法令遵守を訴えた著者にヤクザまがいの台詞で脅すわ、さんざんな目に遭ったようだ。
 むろん著者はそこを即刻辞めたのであるが、分譲マンションの住民は簡単には逃げられない。
 こんな腐っている理事会と管理会社をもつ住民こそ哀れである。

集合住宅

 
 著者は京都と大阪のマンション管理員を経験してきたようだが、「どこの地域にある、どの社会階層(収入・学歴・年代・国籍など)が住むマンションか」によって、管理員の大変さもずいぶん異なってくるだろう。
 管理員の大変さは、地域の治安レベルや居住者の“民度”に左右されるところが大きい。
 もっともそれは、たとえば警察(交番)、お役所、学校、介護施設など地域住民を相手とする他の仕事にも共通するところである。
 著者の紹介するエピソードには、自転車のサドル狙いの暴走族やら、その筋の男(暴力団員)やら、詐欺を稼業とする夜逃げ一家が登場する。
 なかなかの修羅場地域とお見受けした。
 
 ソルティはマンションにこそ住んだことはないものの、集合住宅(賃貸アパート)は何件か渡り歩いた。
 都合、25年くらいになろうか。
 本書を読みながら、これまで住んだアパートで体験したいろいろな被害が走馬灯のように浮かんできた。
 隣室の騒音(アノ時の声含む)、自転車盗難、上階からの水漏れ、ガス漏れ、ぼや騒ぎ、警報機の誤作動、水道管の凍結と破裂、自殺、救命救急、洗濯物盗難(なぜ三十路の男物を?と当時思った)、ストーカー大家による室内無断侵入、シロアリ、ペットに対する苦情(これは無断で猫を飼っていたソルティが悪い)・・・・・。

 ああ、なつかしい。
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損