2007年早川書房
近未来戦闘SF。
世界各国の要人の暗殺を任務とする米国の青年シェパード大尉は、“虐殺の王”という異名を持つ同国人ジョン・ポールの捕獲指令を受ける。ジョン・ポールは元は国防総省で言語の研究をしていた人間であったが、サラエボで妻子を核爆弾で失ったのがきっかけで、以後、後進諸国の中枢に入って不穏な動きをするようになった。彼が行くところ、必ず政治は乱れ、内戦や民族虐殺が勃発する。戦闘員として育てられた少年少女をはじめとし、なんら躊躇いも感情もなしに敵を撃ち殺すことに長けたシェパード大尉は、自らの麻痺した良心をいぶかしみながら、ジョン・ポールの行方を追う。
印象としては、フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』(原作はジョゼフ・コンラッドの『闇の奥』)へのオマージュといった感じ。
シェパード大尉=ウィラード大尉(=マーティン・シーン)、ジョン・ポール=カーツ大佐(=マーロン・ブランド)である。
違いとしては、『地獄の黙示録』の舞台は大国間(冷戦下の東西)の覇権争いを背景とするベトナム戦争で、戦車や銃や爆弾といった20世紀の武器が使用されていた。
一方、『虐殺器官』においては先進大国間の争いはすでに終焉し、対テロの闘いが中心となっている。大国はいまや戦争を民間委託できる経済行為の一つのごと扱っていて、そこで使用される輸送機や装備や武器はIT技術や工学の進歩により、味方の安全性と敵に対する殺傷力のいずれもが最高度に発揮されるよう計算された効率の良いものになっている。
つまり、一方には個人のプライバシーや自由と引き換えに得た高度のITセキュリティと物質的豊かさを享受するポストモダン的アルゴリズム社会があり、逆の一方には昔ながらの搾取と貧困と独裁と民族対立に苦しむ伝統的アナログ社会がある。前者は後者を搾取する。
『ひとはなぜ戦争をするのか』の解説で養老孟司が「テロリズムの正体」として指摘していたのはまさにこれで、ポストモダン的アルゴリズム社会に対する伝統的アナログ社会の憤懣がテロとして立ち現れるというのである。まともに闘ったら敗けるのは明らかだから・・・。
その点で、本作は近未来SFとは言いながら、もうほぼ現代世界そのもの。現代世界の誇張描写による戯画化といったほうがふさわしいかもしれない。
そのような世界の中で、ジョン・ポールはなぜに後進諸国を渡り歩いて虐殺を準備するのか?
どういった手段でもって人心を操り、虐殺への道をつけるのか?
その動機とトリックがなかなか興味深い。
著者の伊藤計劃は本作が作家デビュー。
武器一般や脳科学や国際政治に関する専門知識が必要であろう本作を、たった10日で書き上げたというから凄い。
ミリタリーオタクだったのかもしれない。
「だった」と過去形にするのは、34歳でガンで亡くなっているからである。
自らの命の限りを見続けていたことが、本作に見られるような哲学性を生んだのかもしれない。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
