日時 2021年11月7日(日)14:00~
会場 光が丘 IMAホール(東京都練馬区)
曲目
  • モーツァルト   : 歌劇『ドン・ジョヴァンニ』K.527より序曲
  • ドヴォルザーク : チェコ組曲 作品39
  • ベートーヴェン : 交響曲第5番 ハ短調《運命》作品67
指揮 苫米地 英一

 都立光が丘公園は20代の頃よく利用した。
 都内に就職したのをきっかけに、埼玉の実家を出て、この近くのアパートで一人暮らしを始めたのだ。
 当時、IMAホールはオープンしたばかりだった。地下鉄大江戸線は開通しておらず、むろん光が丘駅もなかった。光が丘のマンモス団地は、陸の孤島のような場所だった。
 そのうち、会社を辞めて、失業保険を受けながら昼夜逆転して小説を書く生活になった。
 明け方、緊張した頭をほぐすために光が丘公園を散歩した。春は桜、秋は銀杏がきれいだった。
 自分の将来はどうなるんだろう?――不安をおぼえながら、ピンクや黄色の鮮やかなじゅうたんを踏みしめた。

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光が丘公園

 L.v.B.はもちろん、ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの頭文字。
 この管弦楽団はベートーヴェン専科なのである。
 苫米地英一はオペラ指揮者としての活躍が目立つ。最近では、『ベルサイユのばら』の作者池田理代子台本によるオペラ『かぐや姫と帝の物語』を作曲・世界初演し、成功を収めたという。認知科学者でたくさんの著書を持つ苫米地英人との関係は不明である。
 定員約500名のホールは半分ほど埋まった。

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IMAホール

 まず、プログラム構成の妙に感心した。
 苫米地の得意とするオペラから、それもメリハリがあって軽快なる『ドン・ジョヴァンニ』序曲で聴衆の気分を盛り上げ、多彩な曲想を重ねつつ民族情緒豊かなチェコ組曲で聴衆の耳と気持ちをほぐし敏感にさせ、満を持しての『ダ・ダ・ダ・ダーン!』。
 しかも、3曲続けて聴くと、前プロの2曲がメインディッシュの第5番『運命』と近しい関係を持っている、似たような曲調を有していることが分かる。
 経時的に言えば、ベートーヴェンは、モーツァルトとドヴォルザークの間に入る。
 第5番『運命』は、傲岸不遜な主人公が地獄に落ちる物語『ドン・ジョヴァンニ』の強い影響を受けて作られ、第5番『運命』の深い影響を受けてドヴォルザークは激動の歴史に翻弄された祖国を謳ったのであろう。
 
 コロナ禍によるブランクで閉じてしまったソルティのチャクラ。
 前回の東京都交響楽団コンサートで半分くらい開き、覚醒のきざしあった。
 その後、静岡のルルドの泉・サウナしきじデビューで、“気”はかなり活性化された。
 なので、本日は聞く前から予感があった。
 最終的に扉を解放するのはきっと今日のL.v.B.であろう、第5番『運命』だろうと。
 
 まさしくその通り。
 第3楽章から第4楽章に移り変わるところ、いわゆる「暗」から「明」への転換が起こるところで、胸をグッと掴まれるような圧を感じ、声の出ない嗚咽のように胸がヒクヒク上下し始めた。
 中に閉じ込められているものが必死に外に出ようともがいているかのよう。
 あるいは、手押しポンプを幾度も押しながら、井戸水の出るのを待っているかのよう。
 第4楽章の繰り返し打ち寄せる歓喜の波に、心の壁はもろくも砕けて、両の目から湧き水のようにあふれるものがあった。
 気は脳天に達して周囲に放たれ、会場の気と一体化した。

 整ったァ~!
 
 時代を超えて人類に共感をもたらすベートーヴェンの魂、彼の曲を演奏することを無上の喜びとする指揮者およびL.v.Bオケメンバーたちの熟練、そして地元ホールで久しぶりに生オケを耳にした聴衆の感激とが混じり合って場内は熱い光芒に満たされ、さしものドン・ジョヴァンニも地獄の釜から引き上げられて、昇天していったようだ。

 コロナ自粛なければ、『ブラーヴォ』を三回、投げたかった。
 一回目は指揮の苫米地に。
 二回目はオケのメンバーたち、とくに感性柔軟なる木管メンバーたちに。
 最後は楽聖ベートーヴェンに。

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