2020年中央法規

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 副題は「ケアの専門家として、人生の最終章に寄り添う」

 著者は東京生まれの60代。真言宗僧侶にして現役の看護師・看護教員・ケアマネジャーである。
 ガンになった夫を自宅で看取った経験がきっかけとなって出家したという。
 思い切りのいい人である。

 タイトルまんま本書のテーマはいわゆる“ターミナルケア”であるが、延命処置の是非を含む医療の問題や終末期における看護・介護のあり方のみならず、死にゆく人やその家族の心のケアに焦点を当ている。
 その意味で、医療的ニュアンスの強いターミナルケアという用語ではなく、“スピリチュアルケア”という言葉が使われている。

 著者はスピリチュアルケアが重要になってきた背景を次のように述べている。

 命の選択を迫られる時、適切な判断をくだすには、科学と心という両輪が必要です。私たちは、科学という車輪の材料はたくさん持っています。たとえば、医師に「気管切開したらどうなりますか」「胃ろうをしたらどれくらい持ちますか」などの情報をたくさんもらうからです。
 ところが人間の心、スピリチュアルの部分については、材料をほぼ持っていません。これがどういう状況か、イメージしてみてください。片方の車輪しかないと、車は同じ場所をグルグルと回って進みません。科学の材料だけで人の命を決定しようと思っても、迷いが強くなり選べないものなのです。

 では、スピリチュアルの部分について材料となるものはなにか。
 「死生観」である。
 末期患者の家族や、患者の診療や看護や介護にかかわる者は、患者本人がどのような「死生観」を持っているのか理解しておくことが大事である。
 本人の「死生観」に沿った、あるいは最大限それを尊重した医療や看護や介護がなされることが、本人の納得のゆく「死」を実現するからである。
 著者の夫の最期は、まさに「最期まで自分らしく生きたい」という本人の望みを尊重したものであり、現代医学による無理な延命処置をいっさいとらなかった。
 
 食べられなくなったら食べないし、飲めなくなったら飲みませんでした。最期の点滴もしませんでした。
 すると、乾くのです。夫の遺体はほどよくドライで、文字通り「枯れるように」亡くなりました。

 その潔さ、美しさ、生物が本来持っている自然の摂理の見事さ――それを間近に目撃したことが、著者を出家させるほどの機縁となったのである。

 言うまでもなく、そのためには死を目前としている本人自身が「死生観」を持っていなければならない。
 ここのところが現代日本の超高齢化社会における最大の弱点と言えるかもしれない。
 「死」から目を背けて何十年と生きてきた結果、いざ自分が「死」を前にすると一種のパニックを起こしてしまう人が多いのである。覚悟が定まらないのである。
 「死」について家族と話し合う機会も持って来なかったから、いざ本人が意識を失ったときに延命処置するかしないか医師に問われても、家族もまたどうしていいかわからずパニックに陥ってしまう。
 考えてみると、「すべての人に100%必ず起こること」に対して、社会的にも個人的にも何の準備も対策もしていないというのは、狂気の沙汰である。

 著者はまた、死に逝く人のケアにかかわる看護職や介護職も「死生観」を持つ必要があると言う。
 というのは、ケア職の人は「スピリチュアルの箱」がすでに開いている人が多く、関わっている利用者の訴えるスピリチュアルな叫び(スピリチュアルペイン)――たとえば、「どうして私だけがこんな目にあうの?」「人は死んだらどうなるの?」「早く死んでしまいたい」「生きている意味がない」e.t.c.といった答えのない問い――を聞いて共鳴しやすく、つらくなってしまうからである。
 そんなときバーンアウトせずに適切に患者や家族とかかわりながら仕事を続けていくために、自分の中にしっかりした軸を持っておく必要がある。
 それが「死生観」である。

 むろん、ソルティもスピリチュアルの箱が開いている。
 おそらく十代の頃から開きっぱなしである。(でなければ学生時代の初めての海外旅行先にインドなんか選ばない)
 スピリチュアルな問いを無用の長物として退ける実社会で生き難かった理由の一つは、そこにある。
 著者同様、仏教と出会うまでは、ヴィパッサナ瞑想をやるようになるまでは、自分の軸が定まらなかった。

スピリチュアルの箱

 
 本書は、看取りに関わるすべての人にお勧めしたい良書である。
 現在、著者は「訪問スピリチュアルケア」の専門職の養成に力を注いでいるという。

 医療的な知識は勉強すれば身に付きますし、身体的なケアは技術を磨けば身に付きます。しかし看取りの際に必要な心理的なケアのための技術を磨くとなると、武器はケア職自身の「人間力」しかないのです。

 結局、そこかあ・・・・。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損